【エヴァ考察】新劇の白き月
今回は旧作からの変更で混乱を生んだ白き月,どうして南極にアダムがいないのか,そして月面の巨人の3点について新たな説明を加えました.
1.はじめに
(1)確認
まずはおさらいです.2点あります.
1つは旧作の知識です.具体的には,白き月とはアダムを含む生命を運ぶ方舟であり,地球に漂着したのち南極に埋まっていたがセカンドインパクトの際にアダムもろとも消滅したというものです.旧作の理解としては一般的かと思います.
2つ目は新劇のものです.新劇場版において度々映っていた我々のよく知る月が,実は白き月だったということ(下記ポスト).
(2)とある没カット
次に今回の考察の出発点となる制作資料を取り上げます.それは『:破』のコンテにおさめられた没カットです(下記画像).セカンドインパクト回想シーンのものです.
そこでこれを白き月とすると,この資料から読み取れることの1つは次のことです.白き月はセカンドインパクト時にすでに地球の衛星をやっていたということ.
この理解に則ると,絵の月と地球と血糊の位置関係からして,月がセカンドインパクト時に南極から宇宙に移動したという理解は採れないでしょう.
そういうわけで,今回この資料について,月に関する設定はそのまま本編で採用されているという立場で考察を進めたいと思います.
2.黒い球体
さて,白き月がセカンドインパクト以前から地球の衛星だったとすると様々なところに影響が出ます.理解が進むたびに新たに考えなければならないことが生じる,というのはこの作品で毎度のことですが,今回,波及する先がセカンドインパクトというのは厄介です.考えなければならないことが多いですから.
それでは手始めに,セカンド回想シーンで南極から飛び出した黒い球体について考えます(下記画像).これが白き月ではないことは上述の通りです.
では何なのか.結論からいえばこれはガフの扉です(下記コンテ).
資料の「黒い穴」とは"穴の向こう側"の存在を示唆するので,結局これは向こう側にマイナス宇宙が広がるガフの扉であると理解できます.本編の映像を見ても黒い球体が膨張する様子が描かれていましたが,物体という感じはしません.
関連して,『シン・』で南極の最深部に地獄の門(これもガフの扉)がセカンドインパクト時に開いたことが明かされました.すると,セカンドインパクトでは上空と地下とで2つ扉が開いたことになりそうです.
3.世界樹
次に,回想シーンに関する別の制作資料では,爆心地に世界樹が出現しています.これについて考えます.
(1)制作資料
このセカンドの跡地に対して,サードの跡地すなわち東京のネルフ本部ではどうかといえば実は同様でした(下記画像).
上の絵を拡大すると「天ガイとしての世界樹」とあります(下記画像).
このようにセカンドインパクトとサードインパクトの両爆心地に"共通して"当初は世界樹が現れたわけです.これについては別の論点の調査中に元ネタを突き止めました.
それはキリスト教における聖十字架伝説です(十字架伝説とも).
聖十字架伝説とはイエス磔刑に用いられた十字架の来歴についての逸話です.一言で説明すると,アダムの子セツがアダムの墓に植えた木の枝が大木となり,それが巡りめぐって十字架に用いられたというものです(ヤコブス・デ・ウォラギネ『黄金伝説1−4』(平凡社、2006年)の第64章「「聖十字架の発見」より.その簡単な紹介は「アダム新劇場版:再訪」の1(2)).
つまり,巨人の墓に世界樹が立つ絵はアダムの墓に植えられた枝が大木となった伝説に倣っているわけです.すると資料のうち,旧南極爆心地の世界樹はアダムのものと推測でき,さらにリリスの場合も同様にサードインパクトで役目を果たしたことで世界樹が出現したと考えることができます.
(2)変更理由について
そこで世界樹が変更になった理由ですが,これまでの考察からなんとなく想像つくでしょうか.それはアダムがセカンドインパクトに関わっていないからという単純なものです.もとよりこの者は"南極に"いなかった.
もっとも,この辺りは分かりにくいので制作段階の南極から順序立てて説明しましょう.まず,先ほどから何の説明もなく前提としていたアダムさんですが,①本記事は新劇にもアダムは存在したという立場で書かれています(詳細は「アダム新劇場版:再訪」).そして新劇も制作段階では多分に旧作の設定を踏襲しており,②当初は旧作同様にセカンドインパクト時の南極に白き月とアダムが存在していました(下記網掛け).
これを踏まえた上で先ほどの十字架伝説の元ネタを合わせると,南極にいたアダムがお亡くなりになったため,そこ(墓)に世界樹が現れます.これが制作段階の南極です.
それでは新劇本編に話を移します.南極から世界樹がなくなりましたが次の資料(ポスト)を見てください.
トネリコとは北欧神話において世界樹(宇宙樹)ユグドラシルの樹種とされているものです.生えている場所はネルフ本部,すなわちサードインパクトの爆心地,リリスの墓の上です.
すなわち,南極から世界樹が消えたことは「神の墓と世界樹」という設定まで没になったことを意味しないのです.世界樹の設定自体は生きていると考えていいでしょう.
そうすると,南極から世界樹がなくなったことはアダムの存在自体が作品から抹消されたということを意味するものではないという理解とリンクします.また,南極に世界樹が存在しないことはアダムのいる場所が南極ではなくなったからという理解につながるのです.さらに同じく南極から姿を消した白き月もこのことに関係しているはずです.
4.渚カヲルとMark.06
(1)ツーショット
ではアダムどこいった問題ですが次の画像がその答えになります.
その根拠として以前述べたこととしては,たとえばこの巨人のフェイスマスクだけ使徒のそれではないということ自体,この巨人が特別であることを示していること(そしてアダムは新旧通して唯一,神と呼ばれる特別な存在).しかも,この仮面のデザインが旧作では当初アダムと呼ばれていた巨人(後にリリスと判明)が付けていたものと同じ点も加えると,月面の巨人をアダム(の骸)と考えるのが自然というものです(骸という点については「新劇の第1使徒」の3).
ちなみにこのツーショットは『シン・』のカヲル補完シーンで再演されます.この再演にはたとえば大事なことだから2回言いますといった意味でもあるのでしょうか(「𝄇」(反復記号)).
(2)月面基地
以上がこれまでの月面の巨人=アダム説ですが,今回はこの根拠をもう1つ加えたいと思います.また聖書のお話になります.
キリスト教において十二使徒の中で最初にイエスの弟子となったのはペトロ(ペテロ)ですが,彼がイエスに出会ったのが現在のタブハ村あたりといわれています(現イスラエル北東部,ガリラヤ湖北西岸).月面基地の名称はタブハベースでした.
また,イエスは三位一体説によれば神の姿の1つです.『エヴァ』において神とはアダムでした.
これらを踏まえると先ほどのツーショットの意味がみえてきます.つまり,あのシーンは第一使徒カヲルが神であるアダムとはじめて対面するシーンということなのです.使徒ペトロが神イエスに出会ったことに因んでおり,基地の名前がタブハベースであることもこれに因んでのことなのでしょう.
5.セカンドインパクト
続いて,セカンドインパクトの方術です.ここでも月がはじめから衛星だったとなると旧作以来の理解を修正していく必要が出てきます.
先ほどの回想シーン脚本に描かれたアダムと生命の木と思しき十時物体からして,当初は旧劇サードインパクトと同じような方法で儀式が行われたと推測できます.しかし,これが変更されてアダムのいないセカンドインパクトとなると,どのように起こされたのでしょうか.
これについては毎度お馴染みの台詞から始めます.
台詞では,ネルフ戦艦が光の翼を発生させたのを目撃した艦長が,これから起こるだろうフォースインパクトはセカンドインパクトと同じ方法で起こされる可能性を示唆します.
注目は予測候補からサードが落ちていることです.これはサードの方法がセカンドのそれと異なることに加えて,それが用いられることはないだろうと彼女が考えていることを読み取ることができます.
そのサードの方術とはどういったものかといえば「リリスの復活」です.
これを言い換えると「EVA Mark.6と復活したリリスによってサードインパクトを起こします」ということです.具体的には旧劇サードのイメージです.
そんなわけで,ミサトがフォースが「リリスの復活」方式では行われないと考えたのは,リリスがサードの時点でお亡くなりになられているからです.リリスの生まれ変わりといえる初号機もこのときはヴンダーに収まっています.
それでは次にセカンドと同じと思われるフォースの方術を確認しましょう.冬月によれば「人工的なリリスの再現」と呼ばれるものです.実は劇中でフォースの方術が「人工的なリリスの再現」であるとは明確に述べられてはいませんが,次の台詞と資料から推測できます.
彼が整えたその舞台でゲンドウがフォースを起こすため,この台詞は直接にはフォースの1つ前に起こされたアナザーインパクトの説明です.ちなみに「人工的なリリスの再現」とはリリスの12枚の光の翼をネルフ戦艦で発生させていることを指します.
続いて,下記コンテは『:Q』でのフォースインパクトの際にネルフ本部が12枚の光の翼(正確にはエネルギー流)を人工的に再現していたことを示すもの.
つまり,先ほどの副司令の解説と合わせると,サードのように「リリスの復活」方式を用いることができない場合でも,「人工的な神の再現」すなわち12枚の光の翼を人工的に発生させることで儀式は行えます.正確を期すと「神の再現=13号機+12枚の光の翼」であり,アダムス5体で行われます(なお同じエヴァでありながら単機で儀式を行えるのが初号機.cf. ニアサー).
さて,それではセカンドに視点を移します.南極にはアダムやリリスがいないため「神の再現」方式は使えないため,結局フォースと同じくアダムスを用いた「人工的な神の再現」方式で行われたといえるでしょう.それは旧南極跡地に聳え立つ十字架が5つであることからもうかがえます.ミサトの予想は劇中の事実を説明した台詞だったといえます.
6.血のりと極地基地
最後に細かい点をいくつかご紹介します.
(1)月面の血のり
まずは後回しにしていたコンテの没カットについて.それによると月面の赤い血はセカンドインパクトの際に南極から飛んできたものです.
記事序盤で没になったカットでもそこに描かれた情報は本編に生きている場合があることは述べましたが,これがいい例になります.このカットが没になっても月面の血のりは本編に健在であることから,血のりの描写は設定として生きていると考えることができます.ゆえにコンテに収められたのでしょう.
もっとも,このコンテで注目したいのは「血のり」には2種類あることです.①南極点から線状に噴き出すものと②リング状に広がるものです.
前者については旧劇の引用だと考えるのが自然です.
この引用が示すのはセカンドインパクトの際に旧劇リリスあるいはアディショナルの巨大レイ並みに巨大化した者の存在です.しかし,これまでの考察を踏まえると,アダムは南極にいなくなったことから,この血のりは設定的にも没になったと考えられます.
ではリング状に広がり月面に届いた方の血のりですが,おそらくこれはアダムスらのものと考えられます.旧劇サードでも量産機は円を描く並びでした.アダムスらも同じ陣をとっていれば円状に血のりを撒けそう?
(2)北極,南極基地の元ネタ
唐突ですが,ネルフ基地あるある言いたい——NERVの基地,地下に巨大施設を持ちがち.特に南極のカルヴァリーベースと北極のベタニアベースについては他にも共通点が見られ,2つの基地をセットとしてみることができます.最後にこれについて考えてみます.
まずは基地の構造に関する共通点です.これはダンテ『神曲』を元ネタにしているといわれています(下記動画に詳しい).両基地は神曲で描かれる地獄の階層構造を引用しています.
厳密には南極基地は吹き飛んでいるため跡地ですが,それはともかく両方の基地に引用されていることは気になります.どっちかでいいのでは?
もちろん理由はあるのです.両基地を似たものとして演出する必要があるからです.両基地の共通点に戻りますが,基地の構造の他にも,ともに北極と南極という極地であること,それぞれ最深部に秘密があるという共通点があります.この関係でダンテの引用は両方の基地でなされたと考えられます.
ではなぜ両基地を似せたのでしょうか.これにも元ネタがあります.それはレイモンド・バーナード著『地球空洞説』です.
この本は北極と南極の地下深くにはそれぞれ未知の世界への入り口があって,そこから未知の生物が…といった内容のオカルトものです.南極と北極の地下深くに秘密があるという点について,ベタニア最深部の第3使徒,カルヴァリー最深部にはマイナス宇宙につながる地獄の門を類似点として指摘できるでしょう.
ちなみにベタニアベースは「秘密結社ゼーレ直轄第3の使徒厳重保管用秘密基地 ベタニアベース」(破全集83頁)という長い名称があります.極地の秘密基地というのはオカルトや都市伝説の類に限らずありふれているため元ネタの特定は困難です.
このような複数の元ネタの組み合わせ.これまでも聖書,デビルマン,ナウシカを巧みに組み合わせて世界観を構築してきたいつもの手法がここでも見られます.
今回は以上になります.最後までお読みいただきありがとうございました.
画像:©khara/Project Eva.