酒米農家はこの先生きのこれるのか ①
水稲農家概況
・米の適正価格は経営規模や経営体によって変わる
・現在の農家のほとんどは稲作で生活が出来ていない
・農地の集積や機械の共有、作物の高付加価値など経営の合理化は何十年間も言われ続けているが、一部を除いては延命治療程度の効果しか出ていない
・選択と集中、と言うよりは、農家数の急減(平成27年から令和2年の五年間で、94.0万戸→69.9万戸)の結果、農地の集積化はなしくずし的に行われているが、集積しやすい農地を中心に行われているため、中山間地域や条件不良地などで耕作放棄が増え、全体の農地は減少傾向
https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/attach/pdf/inasaku-111.pdf
・農家の大規模化によって個々の経営体の収支が改善したとしても、(ある意味非効率な)小規模農家が耕作してきた農地が放棄された場合、稲の生産量が大きく低下する恐れ
https://www.yomiuri.co.jp/economy/20240612-OYT1T50144/ (論拠にやや怪しい部分があるが、インパクトのあるニュース)
酒米に関する特殊事情
・酒米の作付け面積は、水稲全体の1.2%。酒蔵の需要に応じた契約栽培のため、高単価だが比較的小規模農家が多い印象(まとまってるデータ探してるけど見つからず)。
そのため、上記の水稲農家の状況は同様に酒米にも当てはまる。
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_9530611_po_0880.pdf?contentNo=1
・酒米生産量日本トップの兵庫県であっても状況は変わらず。というか、米の単価が高い分、小規模農家の淘汰がまだそこまで進んでおらず、より問題の状況が見えやすいように思う。
http://repo.kyoto-wu.ac.jp/dspace/bitstream/11173/2637/1/0140_012_004.pdf
・需要と供給を一致させる必要があるため、経営を安定させるために規模拡大したくても、需要が増えるか供給が減るかしてないと安易に増やせない。外部要因による制約が酒米の場合はある
・細かい話にはなるが、規模拡大の為に新たに開発された技術(例えば乾田直播やドローン直播などの直播栽培)は、酒米の生産には不適。
あと、小面積な田圃の場合、水路の維持や水管理、草刈りなどの労力が大きくなる。
「スマート農業」という言葉が独り歩きして、「この技術を使えば従来何時間かかっていた作業が何分の1の時間で…」みたいな話も良く聞くが、実際規模拡大の為に重視すべきは単純な作業時間ではなく、ボトルネックがどこにあるか、という部分。
・酒米品種の乱立も、生産農家にとっては効率下げる要因。酒蔵が商品ラインナップを増やす意味で便利なのは理解できるが、栽培面積の小さな品種が乱立していると、種籾の生産や品質の維持の面で問題が出てくる
・例えば種籾の生産は、品種の交雑が起こらないように一般品種とは異なる生産管理や、専用設備を備える必要がある。しかし、島根県の独自品種で最大規模の佐香錦でさえ栽培規模が3000aと一般品種に比べるとはるかに小さい。種籾の必要量も900キロ程度で、これは栽培面積にすると大体20a程度。種籾は一般の米よりは高く売れるが、この程度の規模だと独立した専用設備備えるほどの売上には到底ならない。
現在、佐香錦種子の生産は一軒の農家が一手に担っているが、この農家さんでトラブルがあると次年度はその品種の米が全く使えない、というリスクが出てくる。
品種の数が増えて小面積のものが乱立するほど、そういうリスクは増える(そして、実際にそういう事態になった、という話もたまに聞く)。
https://www.zennoh.or.jp/ty/product/rice/seed/
・育種の問題。現在の酒米育種は県単位で行われるが、県単位だと予算規模が小さいためか大体作れて一種類。一種類で県内全ての場所に適した品種となると無難な物になりがち。「県独自の品種で独自の酒を」などといいながら、結局どこも「山田錦に他の品種をちょっと混ぜてみました」みたいなものが量産されている
・また、他県開発の適した品種が既に存在していたとしても使えないため、例えば高温障害に対応した品種が隣の県で出来たとしても、自分の県が似たような物を開発してくれるまで何年も我慢しなくてはならない。
・ニーズに適した開発が行われていない、と言ったら言いすぎかもしれないが、少なくともニーズを満たす選択肢があったとしても選べない、という不合理は解決すべきではないか
稲作農家はこの先生きのこれるのか?
米の適正価格
令和6年度産新米の季節は悲鳴から始まり、やがては怒号や罵声に、最盛期にはどこを見渡しても口汚い罵り言葉が飛び交う様相でした。
令和5年度産米の出来高、品質が低調だったあおりから、例年最も米が品薄になる8月ごろに各地のスーパー小売店で米の品薄状態が続き、「令和の米騒動」と呼び表されるパニック状態に陥っていました。
例年5キロ2000円程度で販売されていた白米が50~100パーセント程度値上がりし、それでも棚在庫が払底していたのです。
SNSを見ていると、消費者は「あまりにも高すぎる」と怒りの声を上げ、米の生産農家たちは「いやいやこれが正常な価格なのだ」と日頃の鬱憤を晴らすかのごとく強気の姿勢で返答し、論争がヒートアップ。
SNSで罵り合いが起こるのはいつものことですが、それはそれとして、そもそも米の適正価格とは一体いくらなのか?
消費者はもちろん、生産者から仲買卸小売りに至るまで、実際のところ明確に理解している人はほとんどいないのではないでしょうか?(もちろん僕も知りません)。
大抵の場合は例年の価格と比較しての感覚になるので、「去年これくらいだったから、今年の金額だとこうだな」という気分だけで喋っていたりします。
(農林水産省統計R5コメの生産費)
令和5年産 米生産費(個別経営体):農林水産省 (maff.go.jp)
昨年度の農林水産省の統計を参考にすると、米の生産費の平均値は10a当たり132863円という数字が出てきます。10a当たりの米の平均収量は534キロ。単純計算でキロ当たりの生産費は248円。玄米60キログラム当たり14880円が製造原価。
一方令和5年度の米の取引価格の平均が15240円なので、米60キロ当たりの利益は360円、10aあたりにしても3300円程度という計算。
米農家の経営面積の全国平均値は180a程度だから、平均的な米農家の年収は6万円弱、という事になります。念のために繰り返しますが、これは「月収」ではなく「年収」の話です。
10a当たりの平均労働時間は28時間程度なので、180aで60000円だと時給換算で120円以下になります。
untitled (maff.go.jp)
これではとても生活が成り立ちません。しかし、不思議なことに日本で稲作農家が絶滅危惧種に指定された、なんてニュースは聞きませんし、少し郊外に行けば水田が広がっており、そこで働いている人の姿も見かけることはできます。
(信じてください、僕たちは幻ではありません)
単純な平均値をとれば前述のような悲惨な数字になってしまうのですが、職業として稲作を行う場合にはもう少し条件がましになります。
例えば、生産費の平均値は一般的に生産規模が大きくなるほど低下します(スケールメリット)。経営規模別の平均値を見ると、300~500a程度の生産規模の農家から生産費が平均を下回り始め、2000a以上の農家になると10a当たりの生産費は100000円を下回っています。平均収量を達成しているのであれば、10a当たり30000円弱の純益があるので、600万円程度の年収となります(実際のところ、2000aを1人で耕作するのは不可能ではないですがかなり大変です。また、規模を大きくすると単位面積当たりにかけられる労力が少なくなるので、これくらいの規模を一人でこなして平均収量を確保できる農家は、かなり優秀だと思います)。
僕が就農した12年前には「1500a作れば米だけで食っていける」と言われていました。現在では資材費の高騰などもあって、「2000a作れば米だけで食っていける」と言われる場合が多いように思います。資材費の高騰が加速したり、米需要の低迷が続いたりして状況が悪くならない限りは、体感的にはそんなもんだろうな、という気がしています。
それでは、米農家はみんなこれくらいの面積を目指していくべきなのか? というと現実的には難しいと思います。
先述の通り、一農家当たりの平均耕作面積は180a程度となっています。しかもこれは、北海道などの大面積をこなしている産地も含めた数字なので、いわゆる中山間地(山間で耕作面積が小さい地域)ではもっと数字は小さくなります。
例えば、僕が住んでいる邑南町では、稲が作付けされている農地80700aに対して、870経営体の稲作農家が存在します。平均すると93a足らずという数字です。
そしてそのうち作付け規模が2000aを超える経営体は20経営体程度です(水稲以外も含む)。
島根県邑南町 (maff.go.jp)
上記の数字をもとにすると、残りの850経営体の稲作農家はとうてい食っていけていない、という事になるでしょう。(ちなみにうちの作付け規模は令和6年度で1000a程度なので「理論上は食っていけない」方に入ります)。
それでは、これらの小規模農家がなぜ生存できているのか? そのからくりを解説すると、大体は「兼業(あるいは年金)」か「複合経営(野菜や果樹の売り上げと合わせて食ってる)」でやっているという事になります。
「農家」と一口に言っても、農業を主な生業にしている経営体は全体の21%程度です。残りの8割弱の「農家」は他の職業で稼ぎつつ農業を継続しています。
令和5年農業構造動態調査(令和5年2月1日現在):農林水産省 (maff.go.jp)
とはいえ、生産費の平均などから見る限り、「たとえ兼業であったとしても、ほとんど利益の出ていない労働を継続していくことは可能なのか?」という疑問が湧いてくるでしょう(この辺の話を深く突っ込んでいくとドロドロとした物が沸いてくるので、あくまで一般的な話に留めますが…)。
実際に、赤字を出しながら農業をやっている方は沢山いらっしゃいます。
「先祖から引き継いだ田圃があるし、ボロいながらも機械は揃ってるし、週末作業だけで済むならやっても良いか。本業のおかげで一応食うのには困らないから、スーパーで米を買うよりも安く米が手に入るなら儲けもんだ」位の感覚ですね。ほとんど趣味みたいな世界で、50a以下とかの小規模でやってる方はこういう人が多い印象です。
あるいは、「定年退職した後、年金貰いながらたまーに元の職場の仕事を手伝ったりして、それ以外の時間は大体農業をやっている」みたいな人も結構います。
ただ、耕作者の数が減って農地が維持できなくなったために、多少なりとも余力がある人のところには望む望まないに関わらず、どんどん農地が集まっていく現実があります。300aを超えたあたりから、生産資材や設備機械に必要な額が増えてきて、年間の労働時間も1000時間近くなってきます。これくらいの規模になると半分趣味の世界では済まなくなってきます。体感的には、「農業経営」としてやる場合に最も苦しくなるのが200~1000aくらいかな? という感覚があります。
そして、統計を見る限り、経営面積1000a以下の農家は全体の半数を超えています。
令和5年農業構造動態調査(令和5年2月1日現在):農林水産省
無借金経営の罠
僕の場合は、結婚した時に妻の実家がやっていた稲作を引き継ぐ形で米作りを始めました。
引き継いだ当時の耕作面積は700aほど。古いながらも一応機械は一通り揃っているという話で、「なにより無借金経営だ」と誇らしげに義父は話しておりました。
ところが、無借金経営という物にも様々な程度があり、ある程度経営をやり始めてみると、必ずしも無借金であることが良いとは限らない、という事を身に染みて感じるようになりました。
規模にもよりますが、僕が新規就農したころには、稲作をゼロから始める場合、機械代だけで最低2000万円が必要だと言われていました(現在は、機械費の高騰などもあるため、もっと上がっているでしょう)。そして、農業機械の寿命は意外と短いのです。例えばトラクターやコンバインの減価償却期間は7年と定められています。
減価償却期間をどう理解するかは人によってまちまちですが、一般的には「償却期間が終わったら故障率高くなるし、中古に出すにしても金額が下がる」といった傾向から、それがその機械を更新する目安の一つであることは否定できないと思います。
となると、償却期間7年の機械を大事に使って仮に10年持たせたとしても、(農業機械につきものの高額な修理費を除いたとしても)機械・設備の維持に最低でも年間200万円ほどの資金が必要である、という事になります。
義父から引き継いだ「無借金経営」は、この設備維持に関するコストをほとんど考慮していないものでした。
最も新しい機械(トラクター)でさえ、購入から14年(償却期間の倍)が過ぎており、その他生産に最低限不可欠な機械類でさえ「壊れるたびに中古で買った」とか「離農する人から譲ってもらった」ものがほとんどです。
売り上げから生産経費を引いたものを「収入」として、家族の労働費や設備投資は経費の中に含めない、という計算をすれば確かに黒字なのですが、「設備投資ができないから機械が壊れやすくなり、その機械の修理費で金がかかるからさらに設備投資に必要な資金を確保できなくなる」という悪循環です。小規模農家にはありがちな話だと思いますが、目先の資金繰りが苦しいから設備投資できず、古くていつ壊れるかわからない機械を使わざるを得ないけど、その修理代などを含めると結局トータルで新品買うよりも高くついちゃうような状態ですね。
もちろんしょっちゅう壊れる機械を使っていると効率も悪くなりますし、作物の品質への悪影響だってあります。
さすがにこの先何十年も農業をやっていくつもりならこのままではマズい、と判断して現在設備投資に励んでおりますが、後を継いでからの最低限必要な設備の更新だけでも2000万円はとっくに吹き飛んでいってしまったので、やっぱり稲作って金がかかるな、などと思った次第です。
うち以外を見渡しても小規模な農家は大体似たようなものです。助成金を利用したり退職金などをつぎ込んで一旦設備投資を行うと、次の設備更新まで考える余力がある農家はほとんどおらず、壊れるまで使い倒しつつ辛うじて上がった利益は生活費で食いつぶす、みたいなパターンが多く見られます。
運良く20年くらい継続できて、後継ぎがいる場合には「わが家が代々乗り継いできた自転車経営を、お前も上手に乗りこなせよな」と運転手交代することができたり(できなかったり)します。しかし運が良くないと一軒の農家が廃業です。周辺に田んぼを引き継いでくれる農家があれば耕作放棄地にならずに済みますが、仮に引き継いでくれる農家がいたところで、その農家にしても状況は似たり寄ったりなんですよね。
よく「農家の高齢化が」などと問題視されることがありますが、高齢化云々の前にそもそも継続可能な経営状態にない場合がほとんどなのではないでしょうか。
もちろん、農地の集積化によって規模を拡大し、負の連鎖から脱して経営を好転させている農家もいるらしい、という噂は聞いたことあります。
あるいは、集落規模で営農団体を構成し、助成金などをうまく活用して適正な設備投資をおこない、(個々の農家への還元はそれだけで食っていけるほど多くないものの)継続可能な状態を保っている農業法人も世の中には存在するようです。
ただし、規模拡大や効率化の為に農地の集積を進める上で、ある程度の利便性が確保されている農地であることが条件であって、それ以外の農地は放棄される可能性が高いのでは? と思います。
僕は邑南町の農業委員会(ざっくり言うと、町内の農地を適切に維持していきましょうね、みたいな目的で、集落ごとに委員や補助委員を選出しみんなで頑張る会です)の推進委員(正委員の補助役みたいなもの)を仰せつかっています。
僕が担当するエリアは、およそ6000aほどの耕地面積です。年に一回、この農地が適切に管理されているかを確認するため、エリア内全ての農地を一枚一枚視察する「農地パトロール」という作業があります。
その作業を行いながら「仮に自分がこの土地を耕作するとして、面積や農地間の距離、水利条件、獣害のリスクなどを考えて、引き受けられるか否か?」みたいな試算を軽くやってみた事があるんですが、どう頑張っても3000a程度で手一杯だな、と感じました。それ以上手を広げるつもりなら、隣接エリアに進出した方が条件の良い土地が多いからです。
ある意味非効率不採算上等で営農している人がいるから、現在の農地面積が維持されているという面はあるでしょう。
ただ、これも農業委員の仕事の一環で行ったのですが、担当エリア内の主要農家(耕作面積70a以上)14名への聞き取り調査を行ったところ、今後規模拡大の意思がある農家は(僕以外には)1人もおらず、約半数は跡継ぎ未定で10年後にも経営継続出来るとは思えない、という返答でした。
大面積の農地が並ぶ平野部だと状況はまた違うんでしょうが、農地面積が狭くて不便ないわゆる中山間地域では、程度の差はあれ似たような物だと思います。
石油と農家は昔から「すぐに無くなる」と騒がれながらも何故か何十年間も持ちこたえている謎ですが、いざ自分が農家になってみてもこのような状態でどうして産業として持続しているのかが不思議でなりません。
個人や企業レベルで生業として成立させることは不可能じゃないと感じますが、全体を見た場合にはよほど努力しても現状維持すら難しいのではないでしょうか?
https://www.yomiuri.co.jp/economy/20240612-OYT1T50144/
唯一の明るい希望は、今後日本の人口規模が縮小し経済力が漸減していくと言うことで、農地の減少ペースよりも米の消費量の減少ペースが上回ったり、海外産の穀物価格がこのまま上昇すれば米の需給が改善されてもう少しマシな状況になるかもしれませんね。
あるいは減少し続ける国内需要にこのまま頼るのではなく、和食ブームに沸く海外への輸出によって活路を見いだそう、という機運もあるようです。
https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/kome_yusyutu/kome_yusyutu.html