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ショートショート「ドアの向こうは。」/おせっかいな寓話(NNさん:ゾンビ企画参加)

たったひとりで自宅の地下シェルターにこもったあの日から3年。十分すぎるほどの備蓄のおかげで、空腹にさいなまれることはなかった。幸いにして屋上の太陽光発電は故障することなく作動し、風呂やトイレにも困ることはない。

当時持っていた数十億の資産は、あの騒動の中でどうなったのかはわからないが、命には代えられない。この3年で唯一不満だったのは情報が皆無だったこと。シェルターの外はいま、いったいどうなっているのか。

・・・ヤツラは、いったいどうしているのか。

扉のノブに手をかけながら、何度も反芻した思考をもう一度だけ繰り返す。

そもそもヤツラは死体だ。一度死んだ者がまた死ぬことはないにしても、ヤツラを構成する肉体は劣化するはず。ボロボロの肉体が3年も持つとは思えない。

ヤツラは繁殖をしない。人間を喰らって仲間を増やす以外に、増殖する方法はないはずだ。リスクを冒して掃討するよりも、セーフティーゾーンの中でヤツラが塵になるのを待つのが正しい選択なのだ。

だが、何かが足りない。この右手がロックを外し、ノブを回すための何かが。・・・そうか。わかった。

会いたい人がいないのだ。・・・ドアの向こうに。

ドアノブから手を離す。

1年。・・・そう、安全のために、もう1年。いや2年待ってみようか。男は登ってきた階段をゆっくりと下った。

☆☆☆☆☆

「そういえばさあ、Youtuberのサワムラって、最近見ないよね。前はバンバン動画だしてたのにね」

クラブのバーカウンターで女がつぶやく。物欲しげな目で女を見ていた男は、調子をあわせた。

「あー、『サワッち』ね。懐かしー。前よく見てたな。アレじゃね、めっちゃ金持ってたからさ、ゾンビでヤバかったあんときに、ひとりでシェルターでもはいって隠れてんじゃね?」

「まじウケる。ゾンビなんてさ、1年くらいでワクチンできて、うつらなくなったじゃん。ってかさー、しぇるたーって何?」

煌々と輝く繁華街のネオン。酔客が千鳥足で行き交い、タクシーが列をなして客を待つ。そのタクシーのわずかに開いた車窓から、ラジオのニュース音声が小さく漏れ出す。

「・・・ゾンビウイルスの変異株による、クラスターの発生が新たに確認されました」

☆☆☆☆☆

あと2年。あと2年の辛抱だ。

シェルターの中のサワムラは、ペットボトルの水をわずかに口に含みながら、自分に言い聞かせていた。

<終>(975字)

NNさん主催の「ゾンビ企画1000」に参加させていただきました!感謝です!!


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