SS「紅葉の季節」/おせっかいな寓話(妄想レビュー企画参加⇒返答)

■ミムコさん 妄想レビュー#3

これは揺れる恋心を描いた作品なんですが、
紅葉が風に舞うシーンが美しくて。
「女心と秋の空」をうまく表現しているんですよ


紅葉、と漢字2文字で書くと「こうよう」と読むべきか、「もみじ」と読むべきか、稀にだが困惑する瞬間がある。特に晩秋を迎えようとするこの時期はなおさらだ。私の場合は半年ほど前から、もうひとつ混乱を招く要素が追加され、現在に至っている。

「ノムラモミジです」と、彼女は名乗った。

その女性、野村紅葉は25歳。桜の開花前線が到来するのと同じころに我が家に顔を出し始めた、私の担当編集だ。私とは親子ほども年が離れていて、

「高校生のころから先生の作品のファンで、先生の担当になるために秋冬出版に入社したんです」

・・・などと歯の浮くセリフを真顔で言うような『あざとさ』満載の人物だが、当時、3か月前に妻を亡くしたばかりの私にとっては、火が消えたような沈鬱な空気を、バタバタと搔きまわしてくれただけでもありがたかった。

文芸誌だけではなく、ファッション誌にも興味はあったらしく、細身の体にフェミニンなワンピースをまとっては蝶のようにひらひらと私の周囲を飛び回ることもあった。

「先生、どうでしょう?バルーン袖のスキッパー、ちょっといいなと思って買っちゃいました。似合いますかね?」

「私にわかるわけがないだろう」

「この腰元のリボンベルトが外せるんですけど、ないほうがいいですか?」

「さあ。その紺色は似合うと思うが、リボンがどうとかまでは」

「『ミッドナイトブルー』って、言ってほしいです、先生!」

「そんなものかね」

秋冬出版の編集部がどこまで意図したものかはわからないが、創作意欲を失いかけていた私にとっては、無邪気にじゃれつく子犬のような野村紅葉の存在は、救いでもあった。


その訃報が届いたのは、きのうのことだった。同郷の後輩作家・板谷楓の妻女が、信号無視で交差点に突っ込んできたトラックにはねられ、亡くなったのだという。

ことあるごとに私を慕ってくれている、10歳下の後輩。その妻も何度か顔を合わせたことがあり、とても他人事とは思えなかった。通夜を待つこともできず、私は野村紅葉を伴い、板谷の自宅を訪ねた。彼女の存在が、板谷にとっても、なにかしらの慰めになるのではないかとも思ったのだ。

晩秋。平日の午後。台風一過の秋の空は皮肉なまでに晴れ渡っていた。板谷の自宅は都内の自然公園に面した一軒家で、深く色づいた公園の紅葉が、もの悲しさを際立たせている。

「この度はとんだことで。私などが役に立てる場面もないだろうが、取るものもとりあえず、来てみたよ」

「秋冬出版の野村紅葉と申します。女手が必要な場面もあろうかと思いまして、お邪魔いたしました」

スクエアネックのワンピースに、ノーカラーのジャケット。髪をまとめ、シングルの真珠ネックレスを身に着けた野村紅葉は、落ち着いた、気品のあるいでたちだった。

私たちを出迎えた板谷は、小さく数度うなづいたが、やがて振り絞るように言った。

「いまはまだ、お構いできる心持ちにはなれません。近々に通夜の知らせを差し上げます。お気持ちはありがたいのですが、きょうのところはお引き取りを」

きのうから身に着けているであろう、ズボンにワイシャツ。顔は汗ばみ、髪もほつれている。やはり、そっとしておいた方が良いか。

「まずはしっかり体を休めてくれ。何かあったら連絡を」

私はゆっくりと会釈をし、板谷邸を後にした。

最寄りのバス停へと向かう道は、台風の雨風が落としていった無数の落ち葉で埋め尽くされていた。時折、強い北風が深く色づいた葉を巻き上げる。

「先生」

私の後を思案顔でつき歩いていた野村紅葉が言った。

「私、板谷先生の所に戻りますね。ずいぶんお窶れのようでしたし、なにかお手伝いしてまいります」

私は絶句した。いかないでくれ、とは言えなかった。時が止まったように感じたが、実際はほんの数秒のことだっただろう。

「そうか。力になってやってくれ」

私ではない誰かの声が、私の口からこぼれだしたような気がした。

「はい。失礼します」

野村紅葉が後を振りむくのと同時に、一陣の強い風が吹き渡り、公園の紅葉が一斉にどう、と揺れた。赤と黄の無数の紅葉が風に舞い、濃く青い空のキャンバスで踊る。その輪の中を喪服の野村紅葉が、小走りで駆け抜けていった。

終わる、と私は思った。

紅葉の季節は、もう終わるのだと。


<終>

うっわ、この企画めっちゃ頭使いますねw 勉強になるー。

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