SS「夜の笑い声」/おせっかいな寓話(妄想レビューから記事企画 ⇒返答)
⬛︎ ミムコさん妄想レビュー#1⬛︎
ちょっと不思議でユーモラスなお話でした。
夫がリモートワークになった主婦の話なんですけど、昼夜逆転で仕事をする夫の自室から、深夜に声が聞こえてきて......その声が毎晩彼女に不思議な夢を見せるんです。
「うふふふふ、うふふふふ」
午前2時にトイレに立った私は、夫の部屋の扉の隙間から、明かりとともに漏れる奇妙な笑い声を耳にした。
女性の声?きっとオンラインで打ち合わせでもしているのだろう。少し気にはなったが、仕事ならば仕方がない。トイレを済ますと私は寝室に戻り、ベッドに入った。
市内の制作プロダクションに勤める夫は、テレビ業界歴12年の中堅ディレクターだ。3年前から早朝の情報バラエティ番組専任スタッフとなり、『きょうの満点アニマル』コーナーのディレクションを担当している。タイトルから想像がつく通り、かわいい動物の映像をユーモラスに紹介するVTRコーナーだ。
昨今のご時世を反映して半年前から夫もリモートワークで勤務するようになった。テレビの仕事をリモートでできるのか、と聞いてみると「素材VTRを見て原稿を書いて、編集に指示を出す作業だからリモートでも意外に難しくはない」とのこと。
よくわからないが、それはそれで成り立っているらしい。とはいえ早朝番組の作業は昼夜逆転。夕方6時には就寝し、午前1時には夫の部屋に明かりが灯る、というのがルーティーンだ。
普段、深夜0時に就寝する私が目を覚ますのは午前7時。いつもはこんな時間に目を覚ますことはないのだけれど、きょうは寝る前に水分を取りすぎたのが良くなかったようだ。
それにしても、気になる。・・・あの声。男に媚びる若い女性なら、あんな声を立てるだろうか。そんなことを思いながら私はいつしか眠りに落ちていった。
夢の中で私は、どことは知れぬ浜辺にいた。時間帯は夕暮れ。水平線に没する夕日の手前に、誰かのシルエット。
「うふふふふ、うふふふふ」
笑い声はその影から聞こえた。こちらを向いているのか、向こうを向いているのかもわからない、ぼんやりとした影。印象としては女性。だが、輪郭が妙にあいまいで、ゆらゆらとしている。
「うふふふふ、うふふふふ」
影は一定の間隔を置きながら、笑い続ける。笑いながらほんの少しだが、遠ざかっているように思えた。
翌朝。夫に笑い声のことを問いただすことはできなかった。あまりにもバカバカしすぎて口にするのも恥ずかしいという思いと・・・ほんの少しの恐怖感が私の口をつぐませた。
そして私は、この日から毎晩、同じ夢を見続けた。ささいなことと思いこもうとしていたが、3日経っていらだち、7日経って倦怠感を覚え、10日経って殺意らしきものまで感じ始めた。
このままではまずい。そう思った私は12日目の午前2時。そっとベッドを抜け出した。忍び足で夫の部屋の前に立ち、ほの暗い闇の中でじっと耳を澄ます。
「うふふふふ、うふふふふ」
・・・聞こえる。それ意外の物音はない。もう我慢できない。私はノックもなしに一気に扉を押し開けた。
そこには夫の姿はなかった。机の上には電源の入ったPC。画面には一頭のイルカの動画が映し出されている。水族館のショーのワンシーンらしく、飼育員の指示を受けたイルカが尾びれを使って後ずさりながら水面に浮かびあがり、声を上げる様子がループで再生されている。
「クケケケケ、クケケケケ!」
・・・これだ。この声だ。私が女の笑い声と思ったものはイルカの鳴き声だったのだ。しかし、こんな夜中に夫はどこに行ったのだろうか。
画面をよく見ると、イルカのずっと奥に一人の男が映っている。両手を上げ、イルカを手招きするかのような仕草が妙に気にかかる。どことなく、夫のフォルムに似ているような・・・。
いやいや、そんなバカな。きっとコンビニにでも行ったに違いない。私は部屋から出るとそっと扉を閉めた。
「うふふふふ、うふふふふ」
隙間から小さく、あの笑い声が聞こえた。
<終>
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