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「カラビ=ヤウゲート 深淵の悪魔」/第九話

「いやあ、定例会を見ていただいた上に、晩飯までごちそうになっちゃってスミマセン!」

『すぱげっ亭ぼんごれ』こと、船橋達也は大盛りのナポリタンをほおばりながら言った。

紅林の対面に座る船橋。そして隣のテーブルにほかの落研メンバー4人が陣取り、めいめいが大盛りメニューと格闘している。

「いい食べっぷりだ。お友達もね」

ボンゴレ食うんじゃないのかよ、と心の中でツッコミながら食べっぷりを見ていた紅林と、船橋の目が合った。

「あ、これですか?ぼくはナポリタンが大好きでしてね。だけど『すぱげっ亭なぽりたん』より『ぼんごれ』の方が響きがいいなと。まあ、演出上の理由ってヤツでして」

「さっきの話にも演出が入っているのかい?あの『実話怪談』のことだけど」

船橋はよほどナポリタンが好きらしく、麵をたぐる手は止まらない。

「そりゃ、話しやすいように多少脚色はしています。でも、体験したこと自体は事実ですよ。女性の声で『ひとり、ふたり・・・』って声は全員が聞いたんですから」

「全員、というと?」

「ここにいる部員、僕を含めて5人全員ですよ」

「・・・タクシーで行ったと言っていたけど、2台でいったのかな」

「いえ、行きは1台で。・・・あれ?おかしいな」

船橋はフォークを置き、紙ナプキンで口元を拭いて水を飲んだ。

「どうして乗れたんだろう。いや、それより・・・おい、佐藤!俺たちさあ、トンネルからどうやって帰ってきたんだっけ?」

佐藤、と呼ばれた男は大盛りチャーハンの皿から顔を上げた。

「あ、えーっと、タクシーもう1台呼んで2台で帰りましたよね」

「えっ、なんで・・・」

一言呟くと、船橋は体を背もたれに預け、うつむいた。焦点の合わぬ目は、小刻みにぐるぐると巡っている。

「大丈夫かい?船橋君」

「あ、はい。なんだろう、ちょっとわかんなくなりまして。・・・あれ、佐藤?うちに佐藤なんていたっけ」

それを耳にした佐藤が立ち上がり、こちらに近づく。

「いやだなあ船橋さん、長い付き合いじゃ・・・」

「寄るな!」

船橋は両手でバン、とテーブルを叩きながら大声で叫んだ。落研のメンバーをはじめ、店内のすべての客が驚き、息を吞む。船橋はそのままの音量で叫び続ける。

「誰だ、誰なんだ。お前ら誰なんだよ!俺は誰なんだ。あれはなんなんだ!」

「ちょ船橋さん、大声は」

見かねたほかのメンバーも立ち上がり、周囲に集まってくる。紅林は、切り上げ時だと感じながらも、どうしても聞きたかった質問を口にした。

「君たちが乗ったタクシーの運転手、櫻田って名前の女性じゃなかったかな?」

頭を掻きむしっていた船橋の動きが、完全に止まる。そして小刻みに、ブルブルと震えが走り、その動揺はメンバーにも伝播していった。

「あ、ああ、あがが、やめ、やめぇるるるぉぉぉう!」

立ち上がった船橋が、糸の切れたマリオネットのようにその場にバタリと倒れる。

「おい、船橋君!?」

その瞬間、立っていた残りのメンバー4人もその場に崩れ落ちる。

「きゃー!」「なんだ、おいどうしたんだ」「倒れたぞ!」「救急車を」「いや警察じゃないのか」「いかがなさいました」「きゃー!」

店内を渦のように様々な声が巡り、テーブルの上のものがガチャガチャと滑り落ちる。

「おい、船橋君」

紅林は床に倒れ、ピクリとも動かなくなった船橋に駆け寄り抱き起そうとするが、ダラリと全身の力が抜けたままだ。

まずい、と紅林は思った。多少のハレーションは覚悟していたつもりではいたが、ここまでの状況に陥るとは・・・。


「お困りのようですね?」

混乱する店内の人込みをかきわけるでもなく、悠然と誰かが近づき、紅林に声をかける。声に反応して振り返ると、見覚えのある女性がそこにいた。

「あなたは・・・櫻田さん。なぜここに?」

櫻田は紅林が最初に出会ったときと同じく、タクシー会社の制服を身にまとっていた。

「あなたと話をしたいと思いまして。なかなかユニークなパートナーもお持ちのようですし」

「悪いが今はそれどころじゃない。ご覧の通りの状況でね。話したいのはヤマヤマですが、日と場所を改めさせてくれませんか」

「それなら大丈夫です」

「え?」

「あなたはここにはいませんでした。彼らは仲間たち5人で食事を楽しみました」

「な」

瞬きをする間もなく、目の前の光景が一変する。大勢の家族連れでにぎわうファミレスのありふれた光景。その一角で仲良く食事をする5人組。

「彼らは食事代として観客から心づけをもらったのです。あ、その分のお金はあなたの財布から抜かせていただきました」

「ど」

「今現在、私とあなたはこの世の誰からも認識されていません」

「・・・」

言葉を発せない紅林を見据えながら、櫻田はすまし顔のまま口元だけを小さく緩める。

「私は『観測者』です。観測して、ゲートの開け閉めをするだけの存在です。しかし、私に干渉する可能性があるものがいることがわかりました。その情報を得るため、私は仕事をせざるを得なくなったのです」

紅林は改めて周囲を見回す。

ファミレスの店内、レジの近くに2人は立って話をしている。だが、2人を気にするものは誰もいない。まるで幽霊にでもなったかのようだ、と紅林は思った。・・・幽霊?

「私は『認知』をコントロールすることができます。たいした力ではありませんが、あなたを驚かすことくらいはできるかと」

もう一生分くらい驚いてるよ、と強がって見せたかったが、紅林は口を開けることもままならない状態だった。


<続く>


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