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「カラビ=ヤウゲート 深淵の悪魔」/第四話
ふっ、と紅林は堀川から目をそらして小さく笑い、つぶやいた。
「今どきの大学生は増えたり消えたり、お忙しいこって」
「なんだって?」
「いえ、こっちの話です。消えた、ってのはどういうことです?」
紅林は改めて堀川に顔を向けた。堀川は座ったままデスクの引き出しを開けて一枚の紙を引っ張り出すと、体を伸ばして紅林に手渡した。
プリントされていたのは一人の青年のプロフィールだった。清原耕助、21歳の3年生。所属ゼミは物質量子工学・プラズマ環境研究室。つまりは堀川ゼミということだ。添えられた写真を見る限りでは韓国の男性アイドルを思わせるような童顔。眉毛の手入れも怠っていないようだ。
「たしかに、消えたって言っても、目の前でパッと姿がかき消えたわけではないね。ある日突然来なくなった。警察に言っても家出扱いが関のヤマ、って段階だな・・・」
「担当教官の目から見て、不自然な点がある、と」
「そういうことだ」
「具体的には?」
「こいつだな」
言いながら堀川はマウスをやや乱暴に扱いながら、あるWEBページを開く。TOP画面に『Chronus』の文字をあしらったロゴが踊る。
「なんて読むんです?」
「クロノス。『クロノスの会』ってのがどうも学内でも蔓延っているようでな」
苦々しげにそういうと、堀川は椅子に座ったまま体ごと紅林に正対した。
「清原クンはこの団体に拘束されている可能性がある」
「穏やかじゃありませんね」
「彼が姿を見せなくなったのは3週間前。夏季休業前にレポート提出を課してたんだが、未提出のままだ。親御さんも連絡が取れていないようでね。同学年のゼミ生に聞き取りをしたところ、クロノスの連中と話をしている姿を見た、という情報が出てきたのさ」
紅林は全国的に有名な宗教団体の名を思い浮かべた。公安にマークされているあの団体。関りはあるのだろうか。そんな紅林の思考を読んだかのように、堀川は続ける。
「札幌市内に本拠地がある団体で、300人程度の規模らしい。教祖がある宗教法人の法人格を丸ごと買い取って創設したそうだから、資金は潤沢なんだろうな。ただ・・・」
紅林はプリントされた清原耕助の顔を見ながら、マグカップのコーヒーに口をつける。少しぬるくなり始めている。
「教義がよくわからんのだよ。なんのための組織なのかがわからない」
「そのページには書いていないんですか?」
「抽象的なことしか書いていない。『終わりの時が近づいている』『人類の未来のために手を携えよう』『われらの知恵を結集して悪魔を打ち滅ぼそう』とかだな。まあキリスト教系の新興宗教の臭いはするのかな」
「仏教では『悪魔』なんてあまりいいませんか」
堀川も自分のマグカップに口をつけた。紅林のものと同様にぬるくなっていたようで、渋い顔をしながら含んだ液体を飲み込んでいる。
「ある程度調べることはできると思いますがね」
紅林が言うと、堀川は小さく頷いた。
「そうしてもらえると助かる。餅は餅屋かと思ってね」
「過度な期待をされても困りますよ。火の粉が降りかかるような事態は避けますからね」
「もちろんだ。こちらもできることには限界がある。最後には親御さんに任せるしかないが、多少なりとも加勢はしてやりたい。そんな程度だよ」
紅林はマグカップを右手に持ったまま、研究室の奥の窓辺に歩み寄った。下ろされたブラインドの隙間から、なんとはなしに外を覗き見る。雲間に隠れていた三日月が、その姿を現わそうとしている。
「悪魔、ねえ」
「彼らが打ち滅ぼそうという悪魔ってのは、どんな奴なのか。不可解だ」
不可解。
紅林はふいに、タクシーの女性運転手の怪談のことを思い出した。振り向きざまに問いかける。
「先輩、この大学には怪談好きのサークルとかってあるんでしたっけ?」
「ああまあ、最近そこそこ流行っているようだからな。学務係に聞けば、届け出があるかどうかはわかると思うが。それを聞いてどうする?」
「ご依頼の料金を請求する代わりに、せいぜい学生から怪談蒐集をさせてもらいますよ。あと、そういう連中の方か情報を持っているかもしれない。カルトとオカルトは遠い親戚みたいなもんでしょ」
トンネルで『増えた』大学生に会えるかもしれないですしね、という言葉は喉の奥で吞み込んだ。
<続く>