「盗影」/夏ピリカ応援SS
セレモニーホールの中は、思いのほかひんやりとしていた。
館内を進むと『星村家ご葬儀』の張り紙。
香典の入った内ポケットに右手を差し入れながら奥へと進むと、
受付の女性と目が合い、軽く会釈する。瞬間、
「ひぃー!ゆ、幽霊!?」
女性が悲鳴を上げながら顔を覆い、腰を抜かした。
何事か、と飛び出してきた数人の男たちも、私の顔を見るなり絶句して立ち尽くしている。
「幽霊?私が!?」
と思わず口にすると、男たちをかき分け、一人の女性が近づいてきた。
「…失礼ですが、お名前を承ります」
「…紅林と申します」
「ああ、お名前は伺っております。…お名前だけは。ここでは何ですので、奥へお越しいただけますか」
☆☆☆☆☆
星村涼介が死んだ、との報せを受けたのは昨夜のことだった。
高校山岳部の2年後輩で、人懐こい男だった。
卒業後もしばらくはOBとして親交があったが、2年3年とたつうちにやり取りはなくなり、20年ほど続いていた中身のない年賀状のやり取りも、数年前に途絶えていた。
「正直、驚きました」
星村の妻と名乗った女は、遺族の控室として割り当てられた和室で、正座してそう言った。
「はあ。私にはまだわけが分かりません」
「…こちらをご覧いただけますか」
女は脇に置いていたバッグから一枚の写真を取り出し、私に差し出した。
「…これは!」
写真に写っていたのは、私だった。
青空のもと、緑豊かな公園らしきところで撮影されたものらしい。
いつ、どこで撮ったものか、記憶にはない一枚だが…。
「…星村です」
「そんな!?てっきり私かと」
「妹や親族が驚いたのは、そういうわけなのです。あなたがあまりにも星村に瓜二つでしたので。ご本人が勘違いされるくらい似ているのであれば、無理もありません。さすがに私は違いに気づきましたが」
「し、しかし、私の知っている星村は…といってももう20年も前の姿ですが、もっとこう、目鼻立ちのはっきりした美男子だったように記憶していました。いったいなぜ…」
女は写真を引き寄せ、バッグにしまいこんだ。
「私が知っている星村は、少なくとも15年前からはこの姿です。そうおっしゃるのでしたら、おそらくは整形でもしたのでしょうね…」
「理由が、その、まったく思い当たりません。私の周囲からもそんな話はまったく…」
女は俯いたまま黙り込んでいた。
私も掛ける言葉が思い浮かばぬまま、静かに呼吸をしていた。
1分ほどの沈黙を破り、やがて女が言った。
「今日はこのままお引き取りいただけませんか。お見せしたのは遺影に使った写真です。紅林さんが会場にいらっしゃると、ご迷惑をおかけすることになろうかと」
私は内ポケットから香典を取り出し、そっと女の前に置いた。
そのまま一礼して立ちあがり、無言のまま部屋を後にした。
☆☆☆☆☆
翌朝、髭を剃るために洗面台に立つ。
すると、鏡の中の男がはにかむように笑った気がした。
…どうにも面倒なことになった、と思った。
(1193文字)
夏ピリカ、応募は控えましたが書いてみましたよー(^_-)-☆
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