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ショートショート「夏の医者」/おせっかいな寓話
「先生、次の患者さん呼びますねー」
「あいよー!」
白衣の男が景気のいい返事をすると、横開きの白い扉がスライドして、顔をのぞかせたのは年配の女性。促されるままにパイプ椅子に腰を下ろす。
「どうもこのところの暑さで夏バテのようですの。なにか消化にいい落語はありまして?」
「ははあ、だいぶお疲れで。今見繕って差し上げますよ」
言いながら白衣の男は手ぬぐいを広げて、書面を読むしぐさ。
「ありやした。こちらなんぞいかがでしょう?『そば清』!上方では『蛇含草』なんて言いますがね、すーっと溶けてあとスッキリ。お試しいただきやしょうか」
「いただいてまいります」
一礼して婦人は退出。入れ替わりにやってきたのは20代後半の女性。
「夫が博打にハマって仕事に行かなくなってしまいまして・・・」
「なるほど。『芝浜』あたりで様子を見やしょうか。ひどくなるようなら『文七元結』に『子別れ』といったところで」
「早速、聞かせてみます!」
その後もひっきりなしに患者はやってくる。アイデアが浮かばないという前衛芸術家には『あたま山』、夫が子供の面倒を見てくれないという婦人には『初天神』、歌の下手なジャイアンには『寝床』、すぐ寝ちゃうのび太には『桃太郎』と次々に処方。
「婦長さん、いやさ看護師長、お次は?」
「いまの方でひと段落ですよ。冷たいお茶でも召し上がります?」
「ありがたい。いただきやす!」
差し出されたコップの麦茶をグビリと一口。
「それにしてもあっしみたいのが医者だなんてね、婦長さん。売れない噺家でも『落語療法』なんてのを施せるなんて、いい時代になったもんだ」
「先生のような専門家の処方で、お気が楽になる患者さんがいらっしゃるんですから、立派なお仕事ですわ」
机の上の扇子に右手を伸ばすと、そのままパラリ、開いて顔にハタハタ風を送る。
「あっしの師匠ならね『先生と、呼ばれるほどのバカじゃなし』なんていってお断りしたんでしょうけどね、きょうび選り好みもできやせん。『芸人に上手も下手もなかりけり。行く先々の水に合わねば』なんていいやしてね」
「それにしても暑い日が続きますわね」
「暑いといえば『夏の医者』なんて噺がありやす。昔はレタスのことを『チシャ』と呼んだそうですが、夏場のチシャを食べて腹を下した病人が出ましてね。『夏のチシャは腹に障る』てんで、往診に向かった医者をうわばみが丸ごと飲み込んじまう。医者が手持ちの薬をバッとばらまいたら、うわばみは医者を下しましてね、そのうわばみが言うわけですよ。『夏の医者は腹に障る』ってね」
「あら、大蛇もびっくりですわね」
「・・・あ、いけね!やっちまった」
白衣の男はハッと何かに気づいた表情で、右手を額に当てる。
「なにか?」
「いえね、大蛇で思い出したんですが夏バテのお客さんに『そば清』、上方で『蛇含草』ってのをおススメしやした。あの話は胃の中の消化じゃなくって、人間が溶けちまう話だったんですよ。あれじゃあ腹はスッキリしねえ」
「あら!」
「夏の医者が、腹に障っちまった」
そこへ扉が開いて、交代勤務の医師が入室。男はペコリと頭を下げて、
「ちょうどお時間。お後がよろしいようで」
<終>