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「フィナーレを飾るなら」/連作短編「お探し物は、レジリエンスですか?」

【ピリカさん:曲からチャレンジ企画参加】


「ねえユリちゃん、『あの歌』ってどの歌なのかしらね」

「え?なに?歌?」

母親というものは、どうしてこう唐突に意味のわからないことを言ってくるのだろうか。しかも、久々に運転した車で、3車線の交差点を右折しようという最悪のタイミングで。

「おばあちゃんはさあ、『最後はあの歌がいい』っていってたじゃない」

「・・・ごめん、1ミリも聞いてなかった。も一回言って」

「だからおばあちゃんが」

「あ、そこのコンビニに止める!」

そう言って私は左手のコンビニ駐車場に車を入れ、エンジンを切った。

「ちょっとお母さん、変なタイミングで話しかけられたらさ」

「そうだ!お茶買おう。ユリちゃんも飲むよね」

言い終わると同時に母は助手席から降りて、コンビニへと消えていった。


・・・あの歌。そう、オリンピックの開会式の翌日、確かに祖母は言っていた。閉会式にはみんなが幸せな気持ちになる、あの歌がいいわね、と。そしてその日の夜、頭が痛いと言ってソファに横になった祖母は驚くほど大きないびきをかき始め、救急車で運び込まれることとなった。あれから4日が経っていた。

午後7時過ぎに危篤と伝えられ、病院に駆け付けた私と母だったが、ベッドの脇で私たちが見守っているのを感じたからか、意識は戻らないながらも、祖母のバイタルサインはひとまず落ち着きを取り戻した。その後、医師がしばらくはこのままの可能性が高いというので、とりあえず今夜は実家に泊まることにしたのだった。


レジ袋を断ったらしく、お茶のペットボトルを両手に持った母が戻ってきた。

「開けて!両手ふさがってるから!」

こういう人なのだ、この人は。やむなく、運転席側から助手席のドアを押し開けると、母は器用に体を滑り込ませる。

「郷ひろみが何とかって言ってなかった?」と母。

「は?」

「おばあちゃんよ。あの歌の話」

右手に持ったお茶を私に差し出しながら母が言う。

「なんか、つながりがあったみたい。タイトルが似てる曲があったのかな。あとは踊りがいいとか、衣装がきらびやかとか」

「うーん、衣装かあ」

私はペットボトルのキャップを開け、お茶を喉に流し込む。

「アイドルの曲、ってことはないよね。じゃあ宝塚とか?」

「『ほら、みんな知ってるあの歌よ』って何度も言ってたけど、結局タイトルが出てこなかったのよねー。あ、でも」

母はなぜか右手でVサインを作り、私に見せた。

「なにそれ?」

「2だって。1じゃなく2だって」

あ。

その瞬間、私の脳裏を稲妻のように何かが駆け抜けた。

「お母さん、私わかった。ね、戻ろうよ。おばあちゃんに聞かせようよ」

「なになに、なんなのよ」

「ついてからのお楽しみ!おばあちゃん大好きだったし、間違いない」

私は慌ててエンジンをかけて車を切り返し、病院に向けて発進させた。

祖母は『あの曲』を耳にした数時間後、静かに息を引き取った。最期はとても穏やかな表情だった。そうだよね。みんなが幸せにフィナーレを飾るなら、この曲がいいよね。

私、わかったよ、おばあちゃん。いままでありがとね!




松平健:「マツケンサンバⅡ」



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