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1人の信頼できる人が、知らない街に”おみせ”をつくる後押しになる。 | ”おみせ”の人びと

あなたは、自分の”おみせ”をどこにつくりたいですか。

そう問われたら、なんと答えるだろうか。

自分が生まれ育ち、愛着がある街がいい。
道ゆく人たちの雰囲気が良いところを選びたい。

様々な答えがある中で、これまで縁もゆかりもなかった街を選ぶ、という人もいる。

「ここがいい」と決めて、新しい街でお店を根付かせる。
そういうお店をとても尊敬するし、いち住民として、街の中にそういう場所があることは素直に嬉しい。
ただ、そこに至るまでの道のりは、文字通り試行錯誤の連続だろう。

そうした、今まで知らなかった街で愛される”おみせ”をつくってきた人たちが持つストーリーは、いったいどんなものだろうか。

今回は「パンとおやつのマルサン堂」長谷部直紀さんと、「KiKi北千住」の高木正太郎さん、きさらちさとさんに、それぞれお話を伺った。

きっかけは「パン屋さん募集」の記事

「パンとおやつのマルサン堂(以下マルサン堂)」は、JR武蔵野線「新八柱駅」から徒歩15分ほどの場所にある。辺りは住宅やマンションが立ち並ぶ静かな街だが、ずらりと並ぶパンとおやつを求めて、地域の常連さんを中心に、様々な人が足を運ぶ。

マルサン堂がこの街にお店を構えるようになった経緯は少し珍しい。きっかけとなったのは、物件紹介でありながら「パン屋さん募集」と銘打ったomusubi不動産の記事だった。

長谷部さん:近くに住んでる方が、「あそこにパン屋あったらいいよね」って話していたのを聞いて、だったらそういう募集を出してみようかという話になったらしくて。そういうストーリーもいいなと思っていました。」

「パンとおやつのマルサン堂」の長谷部直紀さん。

元々は都内で仕事をしていた長谷部さん。パティシエである奥さんと一緒に、自分たちのお店を持つ場所を探していたそう。しかし、当時働いていた世田谷エリアはパン屋激戦区。「ここに新しいパン屋さんができて、自分が嬉しく思うだろうか」と考えた結果、地域の人に喜んでもらえるような場所にお店を出そうと、地方も含めて検討することに。その中で見つけたのが、前述のomusubi不動産の記事だった。

とはいえ、マルサン堂の周りはまさに住宅街といったエリアで、決して人の往来が多いわけではない。全く知らない街で、さらにこうした立地の場所にお店を構えることに不安はなかったのだろうか。

長谷部さん:やっぱり、「ちゃんと人が来るだろうか」という不安はかなり感じて、悩みましたよ。その中で、omusubi不動産の殿塚さんとも色々話をさせてもらったり、「自分たちでDIYをしたい」と話したら、つみき設計施工社さんも紹介してくれて。そういう方たちが周りにいたら、楽しくできそうかなと思ったことは、決め手のひとつになりましたね。

美味しそうなパンがずらりと並ぶマルサン堂さん。
撮影に伺った日も絶えることなくお客さんが訪れていた。

そうして、これまで縁もゆかりもなかった街に物件を借り、2017年12月にお店をスタートさせた長谷部さんたち。新しいパンやお菓子を開発したり、アルバイトさんを雇ったり、変化を続けながら、今年で7年目を迎えた。毎日食パンを買いに来てくれる近所の常連さんもいるという、まさに「地域に愛されるお店」として、日々を重ねている。

築90年、床のない古民家からのスタート

「KiKi北千住」がお店を構えるのは、その名の通り足立区にある北千住。駅前は商業ビルが立ち並び賑やかだが、お店の辺りは小さな路地が多く、のんびりとした雰囲気が漂っている。その中にある一軒、築90年の古民家をリノベーションしたお店が「KiKi北千住」だ。

引っ越すまで、街についてほぼ何も知らなかったというおふたり。この場所との出会いは、そもそも暮らすための家を探していて、担当の不動産屋さんが「ここが良いと思う!」と推薦してくれたこと。内見時、床すらなかったという古民家だったが、気に入った2人は、そこを借りることを決める。

高木さん:それまでDIYワークショップに参加して経験を積んではいたんですが、その程度では太刀打ちできるような物件ではなくて・・。建築士の友達やボランティアで手伝ってくれた人たちと一緒に、1年くらいかけて改装しました。「KiKi」っていうユニット名も、その建築士の方がつけてくれたんです。

「KiKi北千住」の高木正太郎さん。

暮らしながら人を招くイベントなども行っていた2人は、やがてそこをお店にすることに。改装を重ね、2020年に日本茶の喫茶と、雑貨や服などの日用品を販売するお店「KiKi北千住」をスタートした。

オリジナルのお茶やKiKiのお二人がセレクトした日用品が並ぶKiKi北千住の店内。

きさらさん:暮らす家を探していてたどり着いた場所だったので、お店としての戦略に基づいて構えたわけではなかったんです。でも、イベントとかをやりたい気持ちはあったので、駅から歩ける一軒家、というのは考えていました。
北千住も、蓋を開けてみたら色々な人が活動している街で。うちもお寿司やさんとコラボレーションさせてもらったりしました。緩やかに繋がりはあって、でもそれぞれ自由に楽しそうにやっているという印象ですね。

「KiKi北千住」のきさらちさとさん。

お店を始めて、今年で4年目。「muica」というKiKiオリジナルブランドの茶葉を開発したり、海外の展示会に出展したり。今年の冬には、2号店「日常」を学芸大学にオープンさせる。
北千住の街に居心地の良さを感じながらも、そこに止まらず、次の街、そして次のステップへと足を踏み出している最中だ。

「自分たちの場所」から「みんなのお店」へ

それぞれ異なる特色を持ちながら、知らない街にお店という根を張って、活動を続けるお二方。街の中でお店を続けていく中で、どんなことを大事にしているのだろうか。

きさらさん:正直なところ、「お客さんのことを第一に考えた場づくりができるようになってきた」と、ちゃんと実感できるようになったのは、最近のことかもしれません。自分たちがやりたいことを発信して、実現する場としてお店を開いたという経緯もあったので・・。

そこにはどんなきっかけがあったのだろう。

きさらさん:コロナは一つの転機になりましたね。お店に近い人しか来れない状況だったからこそ、それぞれのお客さんの顔が、より鮮明に浮かぶようになって。街に暮らすお客さんのありがたさを感じたタイミングでした。

高木さん:あとは、1年くらい前からスタッフが入ってきてくれたことも大きいです。それまでは、自分たち2人だけの価値観や表現の仕方で、純度高く「KiKi」というものを発信してきました。それがスタッフだったり、お客さんが増えてきたことによって、良い意味で客観的になってきた感覚があって。「2人のKiKi」から、「みんなのためのKiKi」として、俯瞰した視点から捉えられるようになってきましたね。

一方の長谷部さんは、「長く続けようとすることは、やっぱり大事かもしれない」と話す。

長谷部さん:お店を始めた時、お子さんが中学生とか高校生くらいだった常連さんがいて。そのお子さんが、今は大学生になって、うちで働いているんですよ。何十年もお店をやっていたらそういうこともあるかもしれないなと思っていたけど、6,7年くらいでもそういうことが起きるんだって思って、嬉しかったですね。

それぞれが得意なことをやる

また、それぞれに共通しているのが、「パートナーとともにお店を営んでいる」ことだ。

街のお店に限らず、スモールビジネスと呼ばれるような規模の事業を行う人の中で、夫婦やパートナー同士で活動しているケースは少なくない。

ただ、家族だから、よく理解しあっている関係性だからといって、常にスムーズにいくわけではないということは容易に想像がつく。どうやって、パートナーとともに仕事をし、お店をつくっているのだろう。

きさらさん:自然と役割分担が決まってますね。経営とか、方向性を決めたりするのは正太郎さん。スタートダッシュをかける役です。(笑)クリエイティブな部分などは、主に私が担当しています。
一緒に暮らしていると、「こういうことは苦手なんだな」って、なんとなくわかるじゃないですか。そうすると仕事でも「これは似ているから苦手かも?」みたいに思ったりして。日常生活と地続きだなと感じます。

高木さん:自分で苦手なことは気づくんですけど、得意なことって案外わからないんです。自分ができることは、皆もできるだろうって勝手に思っていて。そういうのはやりながら見えてきましたね。

長谷部さん:うちの場合は、奥さんが職人気質で、ずっと作り続けられるタイプ。僕はどちらかというと、外に出たり刺激を受けたりしたいので、お店のことも事務作業とか色々やっています。これまでできなかったことができるようになるってやっぱり難しいなと思っていて。それぞれ得意なことをやっている感じですね。

また、今は小さなお子さんがいることも共通点。だからこその悩みも飛び出す。

長谷部さん:お子さんが突然熱出したりした時ってどうしてますか?

きさらさん:基本的にはどちらかが休みますが、本人が元気そうだったら、様子を見て一緒に連れていくことも。そういう対応ができるのは、自分たちでお店をやっているおかげではありますよね。

高木さん:プライベートと仕事の時間を明確に区切っているわけではないので、夜も仕事していたりすることはあるんですが、一緒にご飯が食べられているから、そこはいいかなって思ったりもしますね。

様々なことが変化する中で、お店や活動を毎日変わらずに続ける。その楽しさ、苦しさ、ままならなさを身をもって感じているからこそ、互いの試行錯誤を聞き合う会話は尽きない。

1人でもいいから、信頼できる人を

それぞれの今後についても尋ねてみた。すると、それぞれチャレンジしていきたいことがあるという。

きさらさん:準備している2号店の「日常」は12月頭にオープン予定なので、今はそこに向けての準備を進めています。「日常」は、学芸大学駅の高架下にできるので、通勤や通学の途中だったり、普段の散歩で通りかかる人が多いんじゃないかと思っていて。もしかしたらそちらの方が「地域」というテーマに近くなりそうですね。その中で、生活全般のことについてやっていきたいというのが直近の目標です。

高木さん:もう少し先のこととしては、自分たちがメディアのような役割になっていきたいと考えていて。お茶も表現のひとつだけど、例えばオリジナルの服や、急須を作って販売したりすることもありなんじゃないかなって。「日常的な暮らしを豊かにしたい」という目標は変わらず持ちながら、やれることはもっと色々ありそうだと思っているので、色々な人の助けを借りながら、表現する方法を増やしていきたいなと思っています。

2号店「日常」の模型。現在オープンに向け施工が進んでいる。

長谷部さん:パンの移動販売をやりたいなと思っているんです。お客さんで「うちの横で販売していいよ」って言ってくださる方もいるので、そういうふうにお店以外で販売する機会も増やしていきたいなと。機会があれば都内でも出店したいと考えています。

最後に、「これから、知らない街で愛されるようなお店をつくりたい人へのメッセージを」とお願いしたところ、皆さん唸ってしまった。

「どの視点から答えるのがいいんだろう・・」「どういう状況かもポイントじゃない?」と、とても真剣に考えてくれる3人。

長谷部さん:やっぱり、「繋がりがあるかどうか」は、大事かなとは思いますね。それが何の繋がりなのかは人によってかもしれないですけど。うちだったら、omusubiさんとか、つみきさんがあったというのは大きいと思います。

きさらさん:「この街だったら」っていうフィーリングもありますよね。学芸大学は、まさにそういう街だったので。

高木さん:日常的にちょっと困ったことを聞きたい場面ってたくさん出てくると思うんですけど、そういうことを聞ける、信頼できる人がいるかどうかということもあると思います。
トラブルはどうしても起こってしまうので、何かあった時も協力して解決できるような人。自分たちが目指しているイメージや大事にしたい部分が近い人が周りにいて、頑張っている姿は安心感がありますよね。そういう信頼できる人が1人いれば、すごく心強いと思います。

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知らない街でお店をひらくということ。
お店を開くという、それだけだって勇気のいることなのに、ましてや知らない街の中につくるなんて。
私だったら、高揚感と不安と、日々シーソーのように感情がゆり動き続けてしまうだろう。

そんな日々も経験したのだろう2組にとって、大事なものとして共通していたのは、周囲との繋がりだった。

もしあなたが、どこか知らない街でお店を開こうとしているならば、まずは信頼できる人を見つけること。

たった一人でもいい。きっとその人の存在が、あなたの”おみせ”を後押ししてくれる、大事な存在になるだろう。

インタビュー後のオフショット、omusubi不動産スタッフとのおしゃべり風景。
信頼できる人たちが周りにいることの大切さをしみじみと感じる時間でした。

(文章・写真:原田恵、一部写真提供:KiKi きさらちさと、取材場所:atelier106


【各店情報】
・パンとおやつのマルサン堂
住所 〒270-2263
千葉県松戸市常盤平柳町18-1つぼみハイツ102
インスタグラム https://www.instagram.com/marusando_oyatsu/

・KiKi北千住
住所 〒120-0025 
東京都足立区千住東1丁目16-2
インスタグラム https://www.instagram.com/kikikitasenju/
今冬「GAKUDAI COLLECTIV」に2号店「日常」をオープンされる予定です。そちらもお楽しみに。
https://www.instagram.com/nichijo_gakudai/

※詳細は各店舗のインスタグラム等をご確認ください。

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