【コロナで脱資本主義】エピソード1 夜景が教えてくれるサラリーマンの異常な実態(2)
エピソード1
夜景が教えてくれるサラリーマンの異常な実態(2)
いずれにせよ、都心でこうして部屋を借りている人にとっては「夢のマイホーム」など文字どおり「人生最大の夢」。それに比べて地方はいい。多くの人々がマイホームに住んでいる。
……。おいおい。俺はなにを勘違いしているんだ。地方の人々も、ローンを払いながらのマイホームだ。厳密には所有物ではなく借り物だ。「マイホーム」ではなく「ユアホーム」だ。地方も、眼下の住人と条件は同じじゃないか。
「夢のマイホーム」
そのとき、エリカがそう口にしたので、ボクは思わず頭の中を読まれたのかと訝った。
「誰が作ったキャッチコピーか知らないけど、ホント、嫌な言葉。この言葉を聞くたびに気分が暗くなるのはアタシだけ?」
「え? いや、実は、俺も同じことを考えていたよ。だってそうだろう。少なくとも俺たちは、人間が人間としての生活を営むための必要最低限の三要素は『衣』『食』『住』だって教わったよな」
「へえー。さすが、ポエム、ポエマー、ポエメスト、を教える進んだ学校ね。『衣食住』もきちんと教えてくれたんだ。フフフ」
ボクは、苦笑しながら黙考に入った。
「衣」に関しては、所有点数や値段にこそ差があれ、確かにそれを持っていない人はいない。というか、なにもまとわずに外を歩いたら公然わいせつ罪である。すなわち、法律も、「衣」は持っていて当然、という前提で施行されている。
「食」も同様だ。厚生労働省が発表する主な死因のどこを探しても「餓死」なんて見たことがない。そのために、「コンビニが毎日30万食を廃棄処分にしている」というフードロスが社会問題化している。
しかし、同様に重要かつ最低限保障されなければならない「住」にいたっては、「持っていて当たり前」なのではなく「夢のマイホーム」なのだ。これがおかしくなくて、なにがおかしいと言うのか。
「ねえ、多喜二。アタシたちはみんな、一生懸命、働いてるよね?」
「ああ」
「朝から晩まで歯を食いしばり、残業も休出もいとわずに身を粉にしてるよね」
「まったくだ」
「それなのに、多喜二の誕生日にアルマーニのスーツ、一つ買ってあげられない。さらには、それがなければ人間的な生活とは言えないはずの『住』が『夢』だなんて……」
ボクは二の句が告げなかった。誕生日を祝ってもらい、その延長線上でデートを楽しもうと訪れた展望台で、夜景を見ながらこんな会話をすることになるなんて。
この厳しい現実を今まで「異常」だと思わずに生きてきたことに気付かされるなんて。そして、こんな暗澹たる気持ちになるなんて。
「多喜二。せっかくの誕生日にごめんね。ちょっとへこんじゃったよね? でも、今日、ここに足を運んだ理由は、デートだけじゃないの」
「わかってるよ。二十四歳にしていい勉強になったよ」
「勉強になった? なに言ってんの。まだ、アタシたち、なんにもわかっちゃいないよ」
その後のエリカは説明はこうだった。マンションを貸す側と借りる側。乱暴に定義すれば、前者のことを総じて「資本家」と呼ぶ。そして、後者は「サラリーマン」と呼ばれる。
しかし、この格差はなぜ生じているのか?
なぜ、サラリーマンは、働いても働いてもマイホームは「夢」なのか?
なぜ、サラリーマンは「貸す側」にはなれないのか?
「確かに、それは興味があるな」
「でしょう? だから、一緒に勉強しよう、多喜二。実は、アタシの同級生が、今、大学で経済学の講師をしてるの。彼に教えてもらおうよ」
「でも、俺たちに経済学なんて理解できるかな……」
「できるかな、じゃないよ。それを理解しなきゃ、一生、『夢のマイホーム』よ。大丈夫。彼、中学生でもわかるように説明するって言ってくれたから」
エリカの最後の一言は心強かった。
「よっしゃー。じゃあ、一丁、勉強しようぜ! 中学生で理解できるなら、余裕、余裕」
すると、エリカは唇の端を持ち上げた。
「中学生なら余裕だけど、ポエマーでも理解できるとは、彼、言ってなかったけど……。フフフ」
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エピソード4までは無料でお読みいただけます。 「資本主義はもっとも優れた経済制度」と子どもの頃から刷り込まれ、それを疑うこともしない日本…
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