無様日記
仕事を辞めて、好きな時間に毎日起きて、好きな本を読み好きな人に会い自由に過ごしているはずなのに、なぜだか幸福じゃない。
没頭できるものから目を離した途端、意味もなく悲しくなって、涙が止まらなくなる。
日を追うことに自分が憔悴している自覚もあるけれど、お腹は空くし眠たくもなり、自分が動物としての生命力を失っていないことに嫌気が差してくる。何もせず、食物と資源ばかりを消費して、排泄を繰り返すだけの生き物。
社会に何の役にも立っていないのに、問題提起ばかりして、私の声は暗闇に溶け込むように無意味。だったら社会に何の疑問も持たず、身の回りの幸福だけを考えて仕事をし、経済を回している存在の方がどう考えても有益だ。
社会人としてのレールを走っている人との会話は途端に味気ないように思え、かといってやりたい仕事をして生活できている人と話しても未来への焦りが増すばかりで、どっちつかずでただただ孤独。
誰に対しても少し軽蔑したまなざしを抱いている自分が誰よりも嫌いで、しょうもなくて、やっぱり悩みの根源はいつだって自分軸で、周りに想像力がないとため息を吐く割にはいちばん想像力がないのは自分じゃんかってまた自己嫌悪。
自己嫌悪してもここからは抜け出せないことだけは分かるし、頑張っていないわけじゃないんだけど、頑張っていることをすぐに肯定できず、否定への否定くらいでしか認めることができず、私はいつだって中途半端で、幼稚で、足りなくて、大きな夢ばかりキャンバスいっぱいに描いている。前知識もなく描きたいように絵の具を散らしては、「これが芸術だ」などとのたまって満足している。
社会の一部として働き続けることもできず、かといって人並み以上に努力することもできず、毎日泣き散らしては他人の心配を煽り、他人の優しさを消費してなんとか命を繋いでいる。
こんな人生に何の意味があるのか。意味があると思うことすら、傲慢なんだろうけれど。こんな私でも夫や親がいて、友人がいて、私はおちおち死ぬこともできない。死にたいと思ったことのない人とは分かり合えないけれど、自殺を選択できるほどぶっとんでもいない。やっぱりここでも私は中途半端だ。
普段は綺麗事ばかり言うけれど、綺麗事だけじゃ人生は語れないから、汚い感情も含めて心の内をすべて曝け出す記録を始める。