「人口減少」を活かす逆転の発想を -公立鳥取環境大学地域イノベーション研究センター長 吉永 郁生教授-
公立鳥取環境大学は、鳥取県東部の鳥取市にある、日本でも珍しい「環境」を冠した公立大学。
環境学部と経営学部の2つの学部を有しているほか、鳥取固有の豊かな生活環境に寄与することを目的とした「地域イノベーション研究センター」が設置されています。
今回は、公立鳥取環境大学の地域イノベーション研究センタ一長·吉永教授に、関係人口をテーマにお話を伺うことが実現。
人口減少とは何か、地域づくりに必要なもの、関係性構築の方法など、地方創生に関わりたい方々が気になる疑問について、学術的な観点から伺いました。
人口減少は一人一人の付加価値を高める
最近日本全国で”人口減少”がキーワードとして上がっていますが、人口減少について吉永教授の見解を教えて下さい。
吉永:「一般的に人口減少って、解決しなければならない地方の課題と言われることが多いかと思います。
でも僕自身は、若い人々にとっては人口が少ないことがメリットになり得るのではないかと考えています。公立鳥取環境大学の学生も、同じような感覚で東京や大阪から鳥取に来ていると思っています。
例えば、卒業生に八王子から来た子がいました。その子に『どうして鳥取に来たの?そんなに優秀なら東京の大学行けたでしょ』と聞くと、『東京ではできないことが、鳥取ではできると思ったんです』って答えたんです。
彼はその後もちがせ週末住人(※)を始めたんですけど、そういう感覚で鳥取の大学に学びに来る子もいると思うんですよね。」
(※)体験と民泊もちがせ週末住人の家 鳥取市用瀬町を拠点として、「宿を持つ地域&コーディネーター」として「チャレンジする大学生と暮らす宿」を運営しながらいろいろな形でチャレンジする仲間を増やす取り組みをしている。
人口減少をポジティブなものとして捉える吉永教授。その背景には、人口減少を解決しようとする際の二つの方法が、本質的に地域の価値を高めることに繋がるからだと続けます。
吉永:「人口減少社会をどのように補うのかといったら、まず一つは足りない人手を人以外もの、例えばAIで何とかしようとする考え方があります。
もう一つは、一人の人間が生み出す付加価値を上げる方法。例えば、今までは二人でしていた二種類の仕事を一人で行う、といったことです。これはつまり、一人で二人分の付加価値を作り出しています。
先ほど例に挙げた学生の『東京ではできないことが鳥取ではできる』という感覚も、人口が少ない方が一人の持っている付加価値は高いということをセンスで感じていたのでしょう。
この考え方は”地域”という広い主体で捉えても同じです。実際の地域資源は一つでも、付加価値を複数にすることはできる。
例えば、らっきょうだけを売るのではなく、プラスアルファでらっきょう畑の価値を紹介したり、栽培周辺エリアの鳥取砂丘まで足を延ばしてもらったり。付加価値の作り方はたくさんあるんです。
こうした考え方で、資源一つひとつを見直すことが”創造”につながる。人口減少で改めて地域を見直すからこそ、こうした新たな創造もできると思うんです。」
人口減少を活かすため、逆転の発想を
(蛤浜海水浴場の様子)
吉永教授が語る人口減少がもたらす一人一人の付加価値の向上。これを前提とした地域づくりには、どのような考え方が必要でしょうか。
吉永「これから地域づくりに関わる上で考えて欲しいのは、人口減少を乗り切るというビジョンが果たして地域の未来に有益かどうかということです。
人口増加が良いことばかりではなかったのと同じ理由で、人口減少にも良いことも、悪いこともあるということを忘れないでほしい。
なので”人口減少を乗り切る”のではなく、むしろ”人口減少を活かす”という逆転の発想が必要。たぶん、それが今盛んに言われる”関係人口”の概念に近いと思います。
なぜこのように考えるのかと言えば、長崎県の五島列島の例があるからです。五島列島は、少ない人口を活かしインターナショナルな関係人口を作り出すことに成功したんです。」
五島列島がインターナショナルな関係人口を創出した、というのはどういうことでしょうか。
吉永:「今全国的に関係人口と言えば、国内の移動、特に都会から地方へという人の流れを生み出すことを目的としているケースが多いでしょう。しかし、五島列島は関係人口のターゲットをボーダレスに捉えたのです。
世界に目を向けてみると、アメリカのハーバード大学などいわゆる一流大学に在籍する学生は、半年間世界を旅するということが可能なカリキュラムになっている場合があります。ここはチャンスですよね。
実際シンガポールでも、アメリカの一流大学の学生を積極的にシンガポールに集めて、インターンシップをさせ、これがきっかけで同国のテクノロジーレベルが一気に上がったと言われているくらいです。
五島列島もこうした例にならい、アメリカの有名大学の学生に五島列島でインターンシップをしてもらう戦略をとったんです。
これって面白いことですよね。五島列島でインターンをした大学生が、アメリカ大統領になってるかもしれないんですよ。
五島列島が実際行ったインターンは期間が最低一ヶ月〜最大半年間で、海外留学などを斡旋するような旅行会社も巻き込んだもの。
実際プログラムに参加したアメリカ人の評判は上々で、一時期世界ナンバーワンのプログラムに選ばれたこともあるようです。
このようにターゲットをボーダレスに捉えることは、結果的に国内の方々を巻き込むことにもつながります。
これは人口減少について、行政にも住民にも切迫感のあった五島列島ならではの人口減少の活かし方といえるでしょう。」
テクノロジーが人の関係性を深める
話は変わって、テクノロジーについての先生の見解をお聞かせください。オフラインが難しくなった現在Eコマース(電子商取引)が注目されていますが、地域のファンを作るためにどう活用すれば良いのでしょうか。
吉永:「まず一般的に物販のオフライン取引の場合、規模が大きくなればなるほど、消費者と事業者の関係性は希薄になります。
例えば、規模の小さい八百屋さんとお客さんの関係は濃い関係性ですよね。もしかしたらお互いの住所や年齢、家族構成なんかも知っているかもしれない。
一方で規模の大きいスーパーでは、店員とお客さんはお互いについてほとんど知りません。
規模が大きくなればなるほど、関係性が希薄になるのは仕方のないことです。
一方で消費者としては、安く商品を買うことができるという大きなメリットもありますし。
ただEコマースという手段を使えば「規模の大きさ」と「深い関係性」を両立し得るんです。
生産者が顔写真つきでブログや公式SNSなどで発信していれば、生産者の顔や考え方がよくわかりますよね。
これをもう少し発展させて、鳥取の事業者が県外の消費者ともっとつながることができたら、鳥取県の関係人口はもっと増えるんじゃないでしょうか。”ものを介した関係人口”の創出です。
インターネットを介して全国にいる消費者が、鳥取の事業者の顔が見えるのは今では当たり前ですが、逆に鳥取の事業者が、全国にいる消費者の顔も見えるようなサービス。
これが実現できれば、それこそ八百屋さんに、常連のお客さんが買いにくるという購入体験をオンライン上で実現できる。
これを一つの目的にしてEコマースを行えば、鳥取のファンをもっと増やせるかもしれません。」
このように、先進のテクノロジーがかつての人と人とのつながりを取り戻した例について吉永教授は言及します。
吉永:「6年ほど前、岡山で環境省が関わるシンポジウムに行ったんです。そこで岡山の海産物の販売を行っている方が立ち上げたツーリズムがまさにこの発想で、地方の生産者と都会の消費者をリアルにマッチングするものでした。
東京の人からすれば、『自分が普段食べている食材のふるさとに行ってみたい』というニーズは確かにあるでしょう。
こうした思いを持ったツアー参加者がいれば地方にお金も落ちるし、生産者と消費者がお互い対面でのコミュニケーションをすることで深い関係性も生まれる。
関係性のあるお店からは、多少他の商品と比較して高くても消費者は継続的に買ってくれるものです。
昔は当たり前だった、消費者と事業者との関係性。それがスーパーや百貨店といった大型のモールによって消えたといわれる一方、Eコマースの出現で復活の兆しが見えている。
ITやAIといった最先端のテクノロジーって、一見伝統を壊すんじゃないかと思われる部分があるもの。しかし、テクノロジーがかつての伝統を取り戻すケースも今後増えるのではないでしょか。」
関係人口のポイントは、良いことも悪いことも許容する
(出典:@鳥取県)
ではオンラインでもオフラインでも、地域が関係人口を増やすためには、地域側のどういった姿勢が必要になるのでしょうか。
吉永:「一番重要なのは、絆を深くすることです。では絆を深めるためにどうすればいいのかというと、良いことも悪いことも許容する姿勢が大切だと思います。友人関係だって、そうですよね。
人を地域に呼んだとき、その結末は2つしかないはずです。その地方を好きになって帰るか、嫌いになって帰るか。
なので人を呼ぶことを考えるときには、嫌いになって帰る人も許容するっていうスタンスが無いと絆は作れないんです。
よく言われることですが評価するのはあくまでも相手なので、評価までコントロールすることはできません。
分かる人には鳥取の魅力が分かるけど、分からない人には分からないのは、仕方のないことなんです。
でも来てもらわないことには、鳥取の人、自然、物産といった魅力を感じてもらうことができません。
そして、クレームを許容することも大事です。というのも、クレームをつける人って意識がもう鳥取に向いてるんです。
だからクレームに向き合って、改善の姿勢が伝われば生涯お付き合いができる鳥取のファンになる可能性が高い。だから、むしろクレームはウェルカムなんです。
このように良いところも悪いところも許容していく姿勢が、鳥取のファンを築くためには必要だと思います。」
また関係性を深める局面において「人口減少」がプラスになると吉永教授は語ります。
吉永:「絆を深めるためには、小さな組織の方がやりやすいものです。
うちの大学もそうですが、小さい大学は学生との絆もその分太い。それは学生数が多い都会の大学ではできない強みです。学生が少ない小さな大学だからこそ、学生との絆を深めるきっかけも多い。
人それぞれ役割があるように、大学や会社にも同じように役割がある。小さな組織には、絆を深めるというミッションがあるのではと思っています。
こうした関係性を深める局面において、「人口減少」はプラスになり得ると思ってます。」
マイナス面が強調されやすい人口減少社会。しかし、視点を変えれば「付加価値の向上」「絆が深まる」といった大きな強みになり得るという、力強い言葉が印象的だった今回の取材。
小さい地域だからこそできること、オフラインとオンラインを活用した新しい人間関係の構築の主役になるのは私たちなのかもしれない、と気持ちが奮い立ちました。
公立鳥取環境大学地域イノベーション研究センター長 吉永 郁生教授 京都大学卒業、同大学大学院農学研究科博士後期課程水産学専攻を経て、1990年5月京都大学農学部助手に就任。1991年5月京都大学農学博士学位取得。1996年9月から1997年7月まで、文部省在外研究員としてアメリカ合衆国オレゴン州立大学に留学。帰国後、京都大学大学院農学研究科助教を経て、2013年4月公立鳥取環境大学環境学部教授、2016年4月公立鳥取環境大学地域イノベーション研究センター長に就任。
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公立鳥取環境大学地域イノベーション研究センター