文化祭について言いたいこと(哲学対話)
参加者7名 10/03(木)15:30〜17:00
うちの学校の文化祭、興風祭と称します。それが終わって、後始末も終わった翌日に、さっそくやった哲学対話。お題は「興風祭について言いたいこと」。参加者は高校2年生。たまたま今年、私が授業を担当している学年で、文化祭でも中心となる学年だ。
最初からフリーで話すと話題がどんどん変わっていきそうだったので、あらかじめ次のように伝えておいた。
では、始めましょう。
興風祭でビックリしたこと
まさか自分が泣いたりすることは無いだろうと思っていたが、終わってから涙が込み上げてきた。
中1→中2→中3→高1と経験を積んできて、5年目の今年は責任者を任されて、自分の意思で動いた。
この経験によって、自分の中で何かが変わった。
⇩ └→ あえて「成長」と言わずに「変わる」と表現したい。
⇩ どんな経験によって、どのように変わったのか?
「自分が主体となって行動する」経験によって「新しいものが加わった」
世界観に引きずり込む
演者は演じることで観客を「ある世界観に引きずり込む」。観客はそれに協力する。そうやって演者と観客が一緒に作っていく。
上と同じことを「興風祭」という名前を使って表現すると、生徒が「風を興して」、客に「なびいてもらう」ということ。自分たちが中学生の頃はなびく側だったが、高校生になって風を興す側になった。
客を誘導して自分のコントロール下に置くこと、それが演じるということ。
リアル文化祭とオンライン文化祭
興風祭の中にオンライン的要素が入り込みつつある。
YouTube動画配信、Webサイトに情報アップ、公式サイト以外に準公式・非公式いろいろあって、個人でSNSに投稿することもできる。リアルの方が密度が高い。
├ 五感全体で感じる。
└ 観客も参加している。(オンラインでは一方向)オンラインの変化は早い。
オンライン文化祭の要素がこれからますます広がっていくんだろうな。
フリー・トーク
リアルの価値を再認識した。
(興風祭の準備について)間に合うか?と不安になった時もあったが、直前になればどうにかなるものだ。
数年後の興風祭はどんな姿になっているんだろう?
AIを使って作品を作ったりということもあるのかな?
「言いたいこと」と銘打ったので、先生や学校に対する不満や要望みたいなものが出てくるのかと思いきや、全然そうじゃなかった。それどころか、興風祭が「良かった!」、そこで経験できたものがとても「良かった!」、そんな発言が多かった。意外と言っちゃぁ失礼なんだろうけれど、やっぱりそれが彼らの正直な気持ちだったんだろうな。
それはそうと、この日の参加者は7名、珍しく多い人数だった。次回もこれくらい集まってくれるといいな。次は1週間後にやることにして、解散した。