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ネガティブ・ケイパビリティで対話する
&ante(アンドアンテ)主催のオンライン講座「対話とネガティブ・ケイパビリティ探究ラボ」に参加している。面白い。普通じゃない。
そもそも「ネガティブ・ケイパビリティ」なるものが曖昧な概念で、意味が定まっているとは言い難い。直訳するなら「否定的な能力」となるだろうか。
週1回2時間×7回シリーズで、昨日(2024.12.12)がその3回目。前半のフリー・トークの中で、私が次のような話をした。
ネガティブ・ケイパビリティを「答えを性急に求めずに、曖昧のまま残しておく態度」と理解するなら、それは実はみんながいつも自然にやっていることなのではないか。逆に、ネガティブ・ケイパビリティ的でないものを「答えを執拗に求め、それが無い状況を否定的に捉える態度」と捉えると、それが顕れる典型的な場所は学校と言えそうだ。
学校では日常的に「⭕️ か ❌」に分けられ、数字で評価される。競争が普通、勝ち負けが当たり前。そんな場に何年もいるうちに、その環境に慣れ切って、いつしかネガティブ・ケイパビリティなるものを忘れてしまっているのではないか。
そのように考えると、いまネガティブ・ケイパビリティについて考えることは、学校生活を送る間に私たちが忘れかけてきたものを「取り戻す」ことなのかもしれない。中学・高校で教職に就いている私はそのように考えた。
そうしたら、後半のブレイクアウトルームで「取り戻す」(何を忘れ去って、何を取り戻すのか?)をテーマに話し合うことになった。そこでの話を私なりにまとめてみる。
※ 他のブレイクアウトルームでは、テーマ「モヤモヤ(言葉に表せない)のままネガティブ・ケイパビリティについて考える」、テーマ「ネガティブ・ケイパビリティを別の単語で言い換えたらどうなるか?」という形で話し合った。
時間・余裕・余白
そういえばいつも「時間制限」されていた。(テスト、宿題期限 … )感情・感覚・感性
身体が感じたことを脳が遮り、邪魔をする。(これぞ学習効果!?)こども心・あそび心
自由に振る舞うと先生に怒られ、友達に呆れられた。(直感が鈍る)
ブレイクアウトルームの中で、言い出しっぺの私がファシリテーターのようになってしまったのだけれど、良い話が出来た。とても良かった。