ありがとうスターバックス
みなさんは、新しい音楽と、どこで出会いますか。
新しい音楽とは、「はじめて聞く見知らぬ音楽」のことを指しています。
ひと昔前なら、レコードショップやCDショップなどの実店舗で、試し聞きしたりジャケットに惚れてジャケ買いしたりして、新しい音楽と出会っていたと思います。もしくはテレビやラジオかな。
今ではYoutubeやSpotify、そのほかたくさんあるネットの楽曲提供サービスを通じて新しい音楽を知る人が多いと思います。自分が気に入るであろう音楽を、向こうからリコメンドしてくれるなんて便利な世の中ですね。
ただ、そんなんでいいのかお前らは。
そんなサービスに身を委ねて知った音楽なんか、マッチングアプリで知り合う男女のようなもんだろうがよ。長続きしねーよ。
ショップで見つけてた時代だって、店舗型風俗行ってるようなもんなんだよ。そこに行けば山ほど音楽があるんだからな。
テレビやラジオはどうかって?それだってそのうち番組やらCMやらで音楽が流れてくるような放送プログラムになってるんだから、それほど偶然性があるわけでもないわな。
音楽との出会いって、恋みたいなものだと思うんですね。つまり、道を歩いていたら、トーストをくわえた美少女が「遅刻、遅刻〜!」と走ってきて曲がり角でゴッツンコするような出会いが理想なんですよ。運命感じちゃうやん?
音楽との出会いにおいて、最も偶然性が高いものといえば。そう。
USENなんですよね。
おい、だれだ今USENバカにしたの!USEN最高だろうがよ!
店内BGMの大家であるUSENには、ご存知の通り数多のチャンネルがあって、いろんなジャンルの音楽を24時間ランダムに聞けるというのが最大の魅力なわけです。
あなた、はじめて入るお店のBGMが、一体USENのどのチャンネルかわかりますか?わからないですよね?行きつけのお店だとしてもわからないですよね?それくらいMUGENなんですよ。
昨今、USENと契約せずに店主が勝手にインターネットに繋いでくだんのサービスを用いて音楽を流したり、「マイベスト」なる自作のプレイリストを作って流してたりする不届き者が多いのが問題視されています。これはJASRAC的にもNGな行為なのでやめましょう。
僕は今まで、たまたま入ったお店で流れていた音楽と運命的な出会いを果たしたことがたくさんあります。みなさんにもそんな経験があるのではないでしょうか。そんなとき、みなさんはどうされますか。「ああ、いい音楽が流れているなあ」とぼんやり思って終わりですか。寝ぼけた野郎だな。
僕はですね、そこで終わらないんですね。じゃあどうするか。
「すみません、このBGMってUSENですか?」と聞きます。
知らないことは聞くのが一番。聞きまくります。飲食店とか洋服店とかの、比較的面積が狭いお店はもちろん、大規模商業施設で流れていた音楽に関しても、インフォメーションセンターまで行って、受付のお姉さんに聞きまくります。だって見つけられなかったら悔しいじゃん。
追い求める音楽の見つけ方はいたってシンプルです。そのBGMが実際にUSENだった場合は、チャンネル局を聞くだけです。そして後はその音楽が流れていたなるべく正確な時刻をメモしておいて、家に帰った後にでもUSENのサイトで検索する。そうすると、その時刻の前後で流れていた曲がリストアップされるので、しらみつぶしに調べていくのです。実際に当該音楽にたどり着いた時の感動はひとしおで、このカタルシスったら病みつきになります。
僕にはそうして出会った音楽がたくさんあります。
今日はその中でも、つい最近出会った音楽の話を書きたいと思います。
スタバで出会った音楽
2022年1月の終わり。
出張中に週末の休暇を東京で過ごすことになった僕は、新宿駅前のスタバでコーヒーでも飲みながら本を読もうかと立ち寄りました。
混雑するなか入店すると、洒落腐った珈琲屋とは思えない鬼気迫るBGMが店内で流れていました。
形容するならば、雷鳴轟く嵐の中、崖の上で喪服を着てロシアンルーレットを強制させられているような絶体絶命の音楽です。
なんやこの音楽は!?なんでみんな気にせずコーヒー飲んでるんや!?
スターバックスといえば、クラシックやジャズ、もしくは流行りの洋楽がBGMの定番ですよね。それなのにどうしてこんな音楽が流れているのか。そしてなぜ誰も気にせずコーヒーをすすっているのか。気になって仕方がない。気になって仕方がないので、僕は注文したチャイティーラテのホットを受け取るついでに店員さんに尋ねました。必殺のアレです。
「すみません、このBGMってUSENですか?」
男性店員からの答えは「NO」でした。
さっき書き忘れましたが、店内BGMがもしUSENじゃなかった場合、どうするか。
「USENじゃないなら一体なんですか?」と聞きます。
そりゃそうですよね。当たり前のことを聞きます。
ここで厄介なのは、お店がUSENのサービスを使わずにオリジナルで選曲している場合です。なぜなら、教えてくれない、もしくは現場のスタッフは把握していない可能性があるからです。全国展開している規模のお店なら十分にあり得ます。過去にその経験がたくさんありました。管理本部で選曲して作ったプレイリストを店舗に渡して、何も考えずに流しておけと。もし客に聞かれても答える必要はないと。そいういうパターンですね。
ではスタバの場合どうだったか。少し様相が違いました。
男性店員にUSENじゃないなら一体なんなのかと尋ねたところ、スタバ独自でオリジナル選曲したものだと教えられました。そこまでは上記と一緒です。ただし、そのリストを教えてもいいと言うではありませんか。
聞くところによると、スタバでは世にある楽曲をジャンル毎に30曲ほどリスト化して、ランダムで流しているとのこと。で、ひとつのジャンルをすべて流し終えると、次のジャンルに移行すると。
少しお待ちくださいと僕に伝えてバックヤードに消えた店員は、5分ほど経って、プリントを手に戻ってきました。そしてその紙を見せながらこう言いました。
「このリスト、お見せはできるんですけど、お渡しはできないんです」
「かといって写真撮るのもNGなんですよ。ただ……」
「書き写すのはOKです」
なんやその謎の条件は!写真撮るのも書き写すのも本質的には一緒やろ!ていうかわざわざプリントアウトして持って来たならそれをくれよ!
彼は苦笑いしながらも、「決まりですので…」と両手の人差し指で小さくバツを作ってお茶目に答えました。
わかりました。じゃあ、書き写すので、紙とペンをお借りしてもいいですか。そう告げると、二つ返事で再びバックヤードに引っ込み、すぐに筆記用具を持ってきてくれたのです。
ここまでのやり取り、ドリンクカウンターの端で繰り広げていたのですが、さすがに他のお客さんと業務の邪魔になるので、書き写すのは、店内の奥の方にある空席でおこなうことになりました。奥の方の、店員の目が届かない場所で。リストと白紙とペンを持って。
ここからは自分との戦いでした。
お人好しにもスタバの男性店員は、僕が約束通りリストを見ながら紙に書き写すことを信じて疑わずに、性善説に則り、渡すものだけ渡して業務に戻って行きました。
一方、僕はといえば、まったく非論理的で非効率な条件を突きつけられ、たとえその約束を反故にしたとしても咎める人が誰もいない場所で、ひとり黙々と30曲近くある曲名とアーティスト名を書き写すという作業を始めようとしています。
(一体このリスト書き写すのにどんだけ時間かかるんだよ。ぜんぶ英語だし文字めちゃくちゃ多いじゃん)
(このままリストだけ持って帰っちゃえ。出口までの動線はカウンター通らないし、どうせこの店もう来ないでしょ)
(さすがにそれは悪いから、せめてこっそり写真撮って、適当なタイミングでリスト返せばいいよ。どうせ店員にはわからないよ)
(ていうか店員だってどうせ写真撮ってると思っているよ)
頭の中で悪魔がささやきます。
しかし僕は、あの短く切りそろえられた黒髪の悲しむ顔は見たくありませんでした。あの糊がきいた白いシャツの、人を信じる気持ちを踏みにじりたくありませんでした。なによりスターバックスのサービスの法の目をかいくぐるようなことをしていい気になる自分が非常にダサく感じられました。
結果、すべて書き写しました。
せめてどの曲が該当曲なのかある程度判別がつけばよかったのですが、なかなかわかるものでもなく、もし書き漏らしてその曲が該当曲だった場合の後悔はしたくなかったのですべて書き写しました。1時間以上かけて。
サービスカウンターに戻ってきた僕は、仕事をしていた男性店員に声をかけ、お礼とともにリストを返却しました。マスク越しにも伝わる満面の笑顔を見たとき、ああ裏切らなくてよかったなと思いました。
そうしてスタバの虎の子リストをゲットした僕は、宿泊するホテルに戻るなり、パソコンを開いて一曲ずつ調べ始めました。ホテルに帰って検索するくらいなら店内でスマホでも使って調べたらよかったじゃないかと賢明な読者はお思いかもしれませんが、あいにくバッテリーの残量がわずかで、すべて調べきる余力が無かったことを書き記しておきます。パソコンも持ち合わせていなかった。
30曲のうち20曲目にして答えにたどり着きました。さっきの曲を見つけたのです。この検索作業でとても助かったことと言えば、ほぼすべての曲がYoutubeに公式アップされていたことです。(一部だけプレミアム会員限定のコンテンツもありましたが)
逆に考えると、Youtubeにアップされた最新のイケてる楽曲を、スタバのイケてるスタッフが選曲しているとも考えられます。なぜならば、ポップスジャンルのリストには、公開されて間もない、再生回数が数万程度の曲も含まれていたからです。海外のアーティストだからといって公開してすぐに数百・数千万の再生を稼ぐワケでもないんですね。もっというと、どれだけ頑張っても数十万で頭打ちになりそうなよくわからない国のアーティストも中にはいました。
ここで先ほどの店内での出来事の補足をすると、実は店員から渡されたリストは2種類ありました。前述のポップスのリストと、クラシックのリストです。
説明がまどろこしくなるので省きましたが、僕が入店したタイミングは、ちょうどジャンルが切り替わるタイミングだったらしく、どちらに含まれているか判別がつかなかったので2種類渡されたという経緯がありました。ただ、ボーカルのないインストゥルメンタル曲だったので、おそらくクラシックだろうという推測はあり、クラシックを優先して調べたところ、早々に指を鳴らすことができました。
さて、では僕が衝撃を受けたBGMをいよいよ発表します。このコラムの主目的は楽曲紹介ですので。前段とスタバのくだりは読み飛ばしてもらっても大丈夫でした。それでは発表〜!
アーティスト名:Ludovico Einaudi
曲名:Elements
発表:2015年
この曲のどこがクラシックなんや。発表が2015年なのはともかく、こんな雷鳴轟く嵐の中、崖の上で喪服を着てロシアンルーレットを強制させられているような絶体絶命の音楽がクラシック分類でいいのか。リストの他の曲は一般的なクラシック音楽だったぞ。
分類の是非はとにかく、この曲を改めて聴いて僕は痺れました。めちゃくちゃかっこよくないですか。すぐにiTunesでダウンロードしました。
Ludovico Einaudi(ルドヴィコ・エイナウディ)を調べたところ、きちんと日本語サイトも存在するくらい高名な音楽家で、すごい実績の持ち主でした。
トリノ出身のイタリア人で、現在はイタリア政府音楽大使を務めている大物で、祖父はイタリア共和国第2代大統領を務めた経済学者、父は老舗出版社の創設者という名門の出。華麗なる一族ですね。
だそうです。一気にファンになりました。今後好きなアーティストを聞かれたらルドヴィコ・エイナウディと答えるようにします。イキッてると思われてもいい。
5000文字を超えてきたので、そろそろまとめに入ります。
今回こうやって良い音楽に巡り会えたのも、街中で意図せず耳に入ってきたBGMを積極的に調べた結果、一期一会の関係で終わらせずに済んだのです。そのためには、BGMが流れている空間を管理している人や組織に、怖気付くことなく、恥じることなく、曇ないまなこでこう質問すればいいのです。
「すみません、このBGMってUSENですか?」と。
(おわり)
Thank you for Starbucks.
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