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「来てよかった」と言ってほしい

栃木県の、とある神社。人通りのまばらな時間帯。

茶色くなった杉の葉が舞う参道を、70代くらいのご夫妻がゆっくり歩いてこられました。

「記念撮影サービスです。よかったら撮っていかれませんか?」

「前に来たことあるから、いらないよ」

私が声をかけると、旦那様が手を左右に振りました。

「そうですか… でも数年前に建物の改修が終わって、とてもキレイになったんですよ。 前に来た時はいかがでした? 背景にも綺麗に写りますので、いい記念になりますよ」

ご夫婦はしばらくその建物を眺めていましたが、奥様が口を開きました。

「じゃあ撮りましょうか。これでも一応は旅行ですものね」

「一応は」という奥様の言葉を聞いて「?」が頭に浮かびましたが質問はせず、お二人には撮影場所まで進んでいただきました。ご夫婦が並ぶと、奥様の帽子に杉の葉がついているのに気づきました。

「失礼します、杉の葉が帽子に。お取りしますね」

「あら、ありがとう」

「旦那様には、もう少し左に寄っていただいて… ありがとうございます、お手持ちのペットボトルもお預かりしますね。あ、日付看板が少しずれてしまったので、ちょっと前を失礼します。フラッシュが反射するかもしれないのでメガネはお取りいただくか、少し顎を引いていただくと…」

「あなた、そんなに丁寧にやってもらわなくていいのよ、ここには前にも来た事あるんだから」

奥様の言葉に、私はニコッと笑顔を返しました。
カメラのある位置まで走り、ご夫婦に向き直ります。あとはシャッターを切るだけ。

「お時間とらせてすみません! でも…」

私はレンズの辺りで左手を広げながら、シャッターボタンを半押ししました。

「お二人がとっても素敵でしたので、より一層素敵に写っていただかないと、私の気が済まないんです」

そこで奥様は、今日初めての笑顔を見せてくださいました。

「ハーイ」

パシャッ!

写真が仕上がり、ご夫妻に見ていただきます。

お二人は写真の出来を大変喜んでくださいました。特に奥様は今にも泣きだしそうなほど感動してくださって、次のようなお話を聞かせてくれました。

実は、もともとは栃木でなく別の場所に行く予定だったそうです。奥様は遠出するのを楽しみにしていましたが、新型コロナウイルスの影響で行き先を変更。近場で済ませることにしました。
奥様は旅行中、どうしても行きたかった前の行き先が頭にちらついてしまい、この旅行を心から楽しめずにいたのだとか。「一応の旅行」と皮肉を仰っていたのも、そういう理由からだったようです。

「この旅行中に私が笑顔になれるなんて思ってもみなかった。あなたに撮ってもらえたおかげ。こんなに丁寧に撮ってくださって… あなたに出会えたことだけでもこの旅行には価値がある。来年も来るわ。その時はまたあなたが撮ってちょうだいね」

微笑みながら帰っていくお二人を見送りながら、私は幸せを噛みしめていました。私の携わるこの仕事はなんて素晴らしいのだろうと、改めて感じていました。

コロナが蔓延する世の中、行きたい場所にも行けずに、悲しい思いをしている人たちがいます。今日のご夫妻もそう、我慢して、妥協して、ご自宅から近い場所での息抜きに留めています。

そんな方たちのお力になれるこの仕事に、私はやりがいを感じます。
カメラの前のほんのわずかな瞬間でも笑顔になっていただきたい。その素敵な瞬間を切り取って、お客様には「来て良かったね」と幸せな気持ちで想い出を持ち帰っていただきたい。

感染症によって制限されてしまった旅行の楽しみを、今までにない素敵な価値ある想い出としてお持ち帰りいただくこと。それは、この仕事に携わる私だからできる、私らしいコロナウイルスとの闘い方だと思うのです。

これからも一人でも多くのお客様に素敵な想い出をお持ち帰りいただけるよう、一枚一枚丁寧にシャッターを切っていこうと心に誓いました。