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桜が咲いていなくても
舞台は滋賀県、私はとあるお城を背景に記念撮影する現場で働いていました。
それは週末のお昼ごろだったでしょうか。天気も良く、たくさんのお客様にご参加いただいておりました。
目の回るような忙しさでしたが、私は少しでも良い写真が撮影できるように、そしてお客様に少しでも楽しんでいただけるように、大きな声で、笑顔で、ハイテンションで営業していました。
そんな私の姿を、遠くからじっと見ているお客様がいらっしゃいました。60代くらいの白髪の男性です。彼は少しの間私の仕事ぶりを眺めていたようでしたが、やがて私の元へ駆け寄ってこられました。
「君! 君!」
白髪の男性が私に声をかけました。
私はお客様に体を向け「どうしましたか?」と尋ねます。
「あの時の君だよね! 覚えてるかな? 奈良県で、数年前に桜と一緒に撮ってくれたじゃない。桜は咲いていなかったけどね(笑)。あの時はきれいに撮ってくれてありがとうね。今日もすごく頑張って撮影していたから、君だってすぐに気づいたよ!」
お客様の話を聞いて、私はすぐにピンときました。数年前、私は奈良県の桜の名所でアミーゴとして働いていましたが、その時に撮影させていただいたお客様だったのです。
私のことを覚えていてくださったことが嬉しくて、思わずお客様と握手してしまうほどでした。
お客様は懐かしそうに続けます。
「あの時は花見のツアーで遊びに行ったんだが、現地に着いたらちっとも咲いてないんだもんなぁ、桜の名所だっていうのにね、まいったよ(笑)」
私も思い出しました。お客様の仰る通り、その現場はまだ桜が咲いていない時期からスタートしたため、つぼみばかりの桜の木を背景に撮影した期間がありました。咲いていない桜にガッカリするお客様も多い中、私たちスタッフはそんな状況でも少しでも良い写真を撮りたいと、明るく元気にハイテンションに、お客様の笑顔を引き出そうと一生懸命頑張ったものでした。
お客様はそのことも覚えていてくださいました。
「桜は咲いてなかったけどね、君がそれでも精一杯頑張って撮影してくれたから、私にとってはとても楽しい、大切な想い出になったんだよ。ありがとう。今日の撮影もお兄さんにお願いしたいんだけど、いいかな?」
「もちろんです!」
その後、お城を背景にしての記念撮影にご参加いただきました。写真もご購入いただき、「今回もありがとう」と笑顔でお帰りいただくことができました。
私の内心は感動で溢れていました。
こんなに嬉しいことはありません。数年前に一度会っただけのお客様が私の頑張る姿を見て、すぐに私だと気づいてくださったこと。
何より、桜の咲いていない桜の名所、花をつけていない桜の木。そんな、本来ならガッカリするはずの記念撮影を、とても楽しい大切な想い出と感じてくださった。しかもそれが私の頑張りによってのものだと仰っていただけたのですから、こんなに嬉しいことはありません。
どんな場所であっても、どんな状況であっても、一生懸命頑張ることの大切さを改めて心に刻みつけました。
なぜならきっとお客様は、私の頑張る姿に感動してくださったのですから。私の頑張る姿が数年前の奈良県での撮影を想起させたことで、お客様はここ滋賀県での記念撮影をもひとつなぎの想い出にしてくださったはずです。だからこそ私に、あんなに嬉しそうにお声かけくださったのでしょう。
お客様のために懸命に撮影を行うということ、それ自体がお客様に想い出を創ることもあるのだと気づきました。これからもお客様に大切な想い出をお持ち帰りいただけるよう精一杯頑張って営業していきます。