自画自賛をしてもよい時
別に特定の状況でしか、してはいけないということはない。
僕は普段、基本的に物事に対して何らかの考えや意見を持っていると思っているが、特に主張すべきでない時は表には出さない。聞かれていない時とか。
そのようにして日常を過ごしていると、自我みたいなものがどこかに行ってしまうという感覚に見舞われないだろうか。いや、そんなことはない。自我はここにある。
その自我がたまに主張したがる時がある。
でかい仕事を終えた時だ。特に自分の努力が感じられる時。
「頑張る」という言葉については、以前、なんとも言えない言葉だと、ある記事で言ってしまったので気軽には使えない。思いがけないところで弊害が出てしまった。伏線回収完了。
特に仕事を終えたことを褒められたいわけではないが、仕事だからなのかやって当然ということなのか、上司は別段何も言わない。「お疲れ」ぐらいだ。めちゃくちゃ疲れたわと言いたい。
「お疲れ」という覚えたての大学生がよく使うような言葉でお茶を濁されたくない。しばらくの休みと特別手当が欲しい。誠意を見せてくれ。
誰も褒めてくれないので、自分だけは「さすが、俺」と褒めている。
ただ、これにはでかい仕事を終えた当日までという消費期限がある。
しばらく経つと、当たり前だが過去になってしまう。あの頃は頑張ってたなあとか輝いていたなあとか過去の栄光にすがる気持ちに似ている。
今後、何をいくつ積み上げていくかはわからないが、通過ポイントの一つとして、やり切った達成感の感覚と感情を記憶に刻んでおく。
その合言葉が「さすが、俺」だ。
お疲れ、俺
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