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戦略なき垂直統合M&Aを防ぐには ~クリステンセンの教え~


1.単なる事業拡大手段として扱われがちな垂直統合戦略

「5年後までに売上●●円を実現にするために、既存事業で足りない分はM&Aで実現出来ないか考えてほしい」

このようなオーダーを上司から受けた経験のある方はいないだろうか?

筆者はM&A戦略を専門としたコンサルティングを生業としているが、表現は違えど、上記のような背景でM&A先を探してほしいといったリクエストのクライアントは一定数存在するのが個人的な所感である。

特に最近では変化の激しい事業環境を受けて、何らかの要因で想定以上のキャッシュを創出出来た企業なんかが、カネ余りに見えないようなんとか成長投資としてのM&A先を付け焼刃で考えようとしている様なケースもあった。

そんな時、川上や川下に事業領域を拡大する垂直統合型のM&Aは既存事業からの連続性を考慮した如何にも”妥当”な方向性という体で選択肢に浮上しがちだ。

確かに、単純に事業規模の拡大だけを目的とした場合、既存の事業領域に近い川上/川下領域を統合していく方針は飛び地に飛び込むよりはリスクが低く妥当そうな気もする。
ただし、”戦略的”にはどうだろうか?M&Aを実行するとなると現状の価値に+@したプレミアム(*1)支払うことが一般的だが、それを正当化出来る程のシナジーが出せる程に”戦略的”意義は見いだせるのだろうか?

*1:M&Aでは買い手が経営コントロール権を持つため、被買収企業そのものの価値に、経営コントロール権を持つ分の価値が上乗せされた買収価格で取引されることが一般的。つまり買い手側は買収後その上乗せられた価値分の創出が出来なければ、減損となる可能性が上がる

2.垂直統合はもう古い?これからは水平統合?

垂直統合型のビジネスモデルと言えば、高度経済成長期を先頭切って駆け抜けた日本の電機メーカーたちの顔ぶれを思い浮かべる人も少なくないだろう。

その一例として、シャープの液晶パネル事業がある。約20年前、当事業は液晶パネルからテレビまでを一貫して亀山工場で生産する体制をとっており、「世界に誇る日本のものづくりの象徴」として高品質の液晶テレビを日本から世界に送り届けていた。

しかし、時が経ち、すり合わせの重要性が高いアナログからモジュール化が容易なデジタルテレビへの移行が進んだことや、市場成熟により技術による差別化が難しくなると同時にプレイヤーも増え競争が激化したこと等からシャープの液晶パネル事業は経営危機に陥り、電子機器受託製造の世界最大手で水平分業の代表例の1社でもある台湾の鴻海精密工業の傘下に入る。一時黒字化を果たすも、再び赤字に転落した結果、2024年にはテレビ向け液晶パネルは生産終了となった。

加えて、半導体製造業界で世界首位を独走状態のTSMCは、垂直統合とは正反対で半導体受託製造に特化した水平統合モデルをとる。
また、PCも基本的に水平分業の賜物であり、例えばCPUはインテル、OSがマイクロソフト、アセンブリーがデルといったように分業されおり、それぞれの領域での専門性/効率性を極めて成長している。

このような垂直統合型の日系電機メーカーの衰退、水平統合型の海外メーカーの成長といった事象から「これからは水平統合だ!」という様に短絡的で乱暴な論も見なくもない。
仮にその論が正しければ、事業拡大のために垂直統合を行おうとする企業は時代遅れということになってしまう。
そのように結論づける前に、もう少し理論的にどのような場合に垂直統合モデルは”戦略的”意義を見出せるのかを考えてみたい。

3.まず問うべきは容易には満たせないunmet needsがあるか?

3-1. クリステンセンの教え

 垂直統合モデルが有効な場合を理論的に考えるにあたり、まずは「イノベーションのジレンマ」で有名な米経営学者であるクレイトン・クリステンセンの議論を紹介したい。

下の図の横軸は時間で縦軸は製品/サービスの性能を、(a)の点線は顧客が求める性能水準を表している。
※本記事では持続的技術Aと破壊的技術Bの違いについては触れずに進める
技術A(実線A)は、初期フェーズでは顧客の要求水準に到達していないが、時間が経つにつれて性能が向上し顧客水準に達した後に、更に時間が経つと顧客の要求水準を超えた状態(オーバースペック状態)になっている。

出所:國學院大學

クリステンセンは、このフレームワークを用いて「消費者の求めている性能水準が十分だったら外注した方が良い、不十分であれば垂直統合した方が良い」と説明している。

上の図の実線Aが点線(a)を超えていない(顧客の求めている性能水準が十分に満たされていない)場合は、そもそも市場にそれに対応出来るケイパビリティを持った外注先がいない(自社で対応せざるを得ない)ことが多いことが想定される。
加えて、まだ市場ニーズが固まっていない状態でそれを暗中模索したり、それに対応する技術・ノウハウを関係者と密にすり合わせながら新たに開発する必要がある。そのようなプロセスは自社内で行った方がその品質・スピードは高まると想定されるため垂直統合が有力な選択肢として浮上するのである。
(仮に最適な外注先がいた場合でも、密なすり合わせを行うための緻密な連携が求められるだろう)

一方で、点線(a)を実線が超えるような状況においては、市場が相応に拡大しており、顧客ニーズを満たすための技術・ノウハウを持つ企業数が増え、各プロセスや技術に特化した企業も台頭してくることが想定される。更に、顧客の性能水準は十分に満たされているため、価格競争の色合いが強くなり、サプライチェーンを効率化すべく水平分業で各プロセスにおいて規模の経済の効果を最大化しようという動きも出やすくなるのではないか。

3-2.スマホ業界におけるケーススタディ

クリステンセンの教えをより具体的に理解するために、スマホ業界を例にとってみたい。
みなさんご存じの通り、スマホ業界は主にAppleのiPhoneと他ブランドオーナー(Samsung, SONY等)たちのAndroid Phoneに大きく二分されている。
同じスマホでも、iPhoneとAndroidでは主なターゲット層と彼ら/彼女らが求める要求は異なっているため、それ故にAppleと他ブランドオーナーの顧客の求める性能水準が十分に満たされているのか?という問いに対する見解が異なり、そのためそれぞれの垂直統合度も異なっているのではないかと考える。

詳細を見ていくにあたり、まずはiPhoneとAndroidの垂直統合度について考えてみる。
iPhoneはApple製のOSを搭載し、アプリストアもAppleが運営、販売・サービスにおいても直営のApple Storeを多数展開している。更にはチップ設計に関しても内製化を進めている状況である。
一方で、Androidにおいては、製品の企画や基礎設計はSamsung等のブランドオーナーが手がけるものの、OSは他社(Google)製、アプリストアも他社(Google)運営、販売・サービスにおいても各販売店に任せるケースが多い。
つまり、iPhoneの方が垂直統合度が高いと言える。

では、なぜ同じスマホ業界なのに垂直統合度が異なっているのだろうか。
それは、クリステンセンの教えに則ると、Appleは顧客の求める性能要求がまだ満たしきれていないと考えている一方で、多くの他のブランドオーナーは顧客の性能要求は一定満たされていると考えていると考察出来るのではないか?
iPhoneユーザーは高価格を受け入れてでも、洗練された操作性・デザインによる使いやすさや所有感、他Apple製品との連携性を重視している一方で、Androidユーザーはより価格を重視する傾向にある。
(参考:「スマートフォンに関するアンケート」(ゲオ、2019年))

つまり、Appleのターゲット顧客はスマホ性能に対する要求水準が高く、まだまだ満たされていない要求が存在する、或いは市場に現在の高い要求水準に対応出来る企業が十分に存在しないため、自社でそれを手がけるべく垂直統合度を高めている。
他方、Android Phoneのターゲット顧客については、性能水準への要求はほぼ満たされており、価格競争の色合いが濃くなっていることに加え、その要求水準を満たす技術・ノウハウを持つプレイヤーが市場に存在する程、競争環境も成熟してきていることから、水平分業による効率化を進める方向に進んでいるのではないだろうか。

4.戦略なき垂直統合M&Aを防ぐには

ケーススタディからわかるように、自社の競争優位構築のために垂直統合モデルが有用か、という問いに向き合うということは、自社のビジネスモデル(*2)を改めて見つめなおすことに等しいのである。

*2:ビジネスモデルとは「誰に」「何を」「どのように提供し」「どのようにもうけるか」を規定したビジネスの設計図。ビジネスモデルの理論を体系化したマーク・ジョンソンによると、ビジネスモデルは以下の4つの要素で構成される。
(1)顧客価値の提供、(2)経営資源、(3)プロセス、(4)利益方程式
※特に(2)(3)あたりが垂直統合度の設計に直接関わる

仮に事業拡大のツールとして垂直統合の推進が議論に上がったとしても、ビジネスモデルを改めて見つめなおし、その戦略的な意義を突き詰めた結果として、顧客ニーズはすでに満たされており、そのための技術・ノウハウを持つプレイヤーも世に溢れてかえっていることから、むしろ水平分業を推進していくほうが自社の優位性は高まるといった結論になる可能性もあるのである。
(例えば、もともと垂直統合していた川下の子会社を川下の同業に売却し、それで得たキャッシュで別の成長戦略を推進した方が得策かもしれない)

このように、単なる事業拡大のツールとして垂直統合を推進するのではなく、自社のビジネスモデルをより強固にするための武器の1つとして捉えるような議論が少しでも増えるように、日々精進していきたいと思う今日この頃である。

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