見出し画像

自分を見失っていた20代、摂食障害から学んだこと

私の今世は幼少期からわりとハードモードなスタートではありましたが、

その両親の不仲などの環境から「もう誰にも期待しません」という絶望感から自立心がしっかり育てられたというのは、

当時の自分からすればおいおいおいおい!
でしょうけど、

「今なう」の自分からすると、
「この環境を選んでくれてありがとう」
「機能不全家族を選んでグッジョブ!」という思いしか出てきません。

そんなことを書いてる自己紹介はこちらです↓


今までの人生をちょっと振り返ってみると、
30代まではなんだかんだとありながらもそれなりに上手く生きてきたような気がしていました。

だけど、何か心にいつも空洞があって、そこを必死に埋めるように“上手く生きているフリ“をしていただけだった・・と気づいたのは私の場合、32歳。

子育てと夫婦関係がうまくいかなくなったときでした。



私は小学3、4年のときから人を信じることを諦めて、
とにかく自分の足で自分の力で生きていく!と幼いながらにも心の片隅で固く決心したあの日があります。

「惨めな思いはしたくない」
自分の辛さも寂しさも、感じる間もなく全て飲み込んで平気なフリをして自分を保つ日々。

「自分はこういう人間だから!」という頑固さの鎧をつけてガチガチに自分を縛りつけていたなと思います。

そんな技も毎日繰り返してると、当たり前になってしまって。
それが本当の自分だ!と錯覚してしまうものですよね。


これを読んで、うんうん、と感じる方もいらっしゃるかな。
本当によく頑張ってきましたね!!!力を込めて直接お伝えしたいくらい。

\私たち、よく頑張って生きてきましたよね!!!/(誰かに届け)


そんなこんなで、

当時は自分のことを偽って生きているつもりは全くなかったけど、
人生のターニングポイントでは必ず「自分と向き合いなさいな」という自分の魂からお試しがやってくるものなんですよね。

それが分かりやすく出てきたのが22歳。
私は過食嘔吐、摂食障害という形でお知らせがきました。

(今でこそ”お知らせ”と言えるものの、当時はもちろん何とも感じておりませんが^^;)


その頃はとにかく必死に仕事をしてて、昼職とホステスの掛け持ち生活を長くやっていたとき。

マリンスポーツの日焼けのダメージで肌トラブル(毛穴凸凹、ニキビ)に悩んでいたこともあって、もともと容姿に自信なんてなかったところから肌のコンプレックスでさらに自信もなかった頃。

そこにプラスで、自分の心を感じておらず常に思考脳で生きてる状態。
”私に対する周りのイメージ”を崩さないように必死に生きていた頃です。

「頑張り屋でしっかり者のおみそさん」
「若いのに落ち着いてるおみそちゃん」

当時付き合っていた人にも自分の本音を伝えられず、思っても飲み込んでいた頃で、
今思えば「物分かりの良い、いい女」に見られたくて演じていた。

周りに求められる「頼れるおみそさん」を演じていたんですよね。

大女優っぷりを発揮していたわけです。


この頃は肌トラブルも悪化、心もクタクタ・・・
「本当はワタシ・・こんなに強い人間じゃない・・・」

きっとこの頃、内側にいる本当の自分はこうやって声を上げていたんでしょうね。でも私の思考の声が大きすぎて、
蚊の鳴くような声のボリュームで自分にはもちろん、全く聞こえない。


過食嘔吐を繰り返していたのも、表向きの自分と裏側の自分とのギャップが開きすぎていたこと、

もっと掘り下げると、自分の根底には「〇〇しないと愛されない」
「〇〇な自分ではないと愛されない」という思いがあったとわかりました。

ただ存在しているだけで”愛される存在”だったはずなのに、私は愛されている実感ってどう頭をこねくり回しても、なかったんですね。

むしろ、「両親は自分に興味がないんだろう」と思ってましたから。

”何か条件がないと、私は愛される存在ではない。
自分よりも相手を優先していれば喜んでくれる。
その喜びが自分の喜びだ”

自分のベストは無視、相手のベストには全力で手を貸す。

そこで自分の満たされない承認欲求を満たしてただけなんですね。

当時はそれが喜びになっていたので、それはそれなんですけど。笑


そんな歪んだ感情が知らぬ間にストレスとなって蓄積され、過食して嘔吐することで発散させていた感じです。
人にも言わず、ただひたすらそうやって自分の精神を保っていた感じですよね。

何ならその時間が、自分と繋がれる安心できる時間だったのかも。

でもこの当時は自分が摂食障害だとも思ってないし、苦痛とも感じていないっていう・・やっぱり歪んでましたね。

ただ、「良くないことだ、やめなければいけない」とは思ってました。

自分がやってることはダメなことだと、自己否定は止まらず。
その否定がさらに加速させていた…というのはあります。

あの時の自分に出会えるなら、
「今はそれでいいよ」と責めずに肯定してあげたい。
それで自分を保っていたのだから。

この状態を7年繰り返し、右手の人差し指のところにはガッチリ吐きだこも。硬くしっかりしているタコがこれを繰り返していた歴史を物語っていた感じでした。

過食嘔吐が終わったのは、30歳でサロン開業をするために勉強をはじめた頃で。

ちょうど過食嘔吐中は肌トラブルに悩んでいたときと重なっていたんですけど、

スキンケアを見直して自分の肌に合う方法でケアを積み重ねていったら次第に周りから「肌が明るくなったね!ファンデ変えたの?」など変化を指摘されるようになってきて、

「あ〜・・私、変わったんだ。やっぱり変わったんだ」

肌にコンプレックスを抱えていた私の中の”自信”という芽が少しづつ出てきたときでした。
その自身の芽が少しづつ大きくなってきたときに、自分の存在がちょっと愛おしく感じられるようになった瞬間でした。

そのタイミングで「もう吐くのはやめよう」と自然に思えたことを思い出します。

あとは、エステティシャンとして仕事をするのに
こんな立派な”吐きだこ”があったらお客様に手を見せられない!という危機感もあったんですけどね。


それからは起業したてで右も左もわからない中、

ブログの勉強をして発信を頑張ったり、
新聞やポスティング広告にも挑戦したり...。
一人でも多くの人に自分の想いを知ってほしい、そんな気持ちで活動してました。

こちらも併せてご覧ください↓


冒頭では
”人生のターニングポイントでは必ず「自分と向き合いなさいな」という自分の魂からお試しがやってくるもので”と書きましたが、

この摂食障害の過食嘔吐の経験を通して”心と身体は繋がってる”ということを実感したという大きな学びとなりました。

後のサロン運営においては、この経験がお客さまとの関わりの中でとても大きな経験となったということは言うまでもなく。

では、私のターニングポイントはこれで終わりか?!と言ったら、ノンノンノンです。

これは、本当の自分を知るための人生ゲームのはじまりに過ぎません・・

こちらはまたの機会に。

最後まで読んでいただきありがとうございました。






いいなと思ったら応援しよう!