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吸血鬼の黙禱

128回。
129回。
130回。

「君がその無意味な行動をしなければ、3kmと18m先まで行動する事が出来る。その行動にはその距離分の価値があるのか?」
「うるせぇ…なぁ!」

131回。

「そんな距離でっ!」
132回。
「測れる事じゃ!」
133回。
「ねぇんだっ!」
134回。
「よぉ!」
135回。

目の前の吸血鬼は何をそんな必死に土を掘っている?

136回。
137回。

同種に対する敬意なのか?彼女の倫理観は殺した吸血鬼を埋葬する決まりでもあるのか?

138回。
139回。
140回。

「君にどんな得がある。」
141回。

「君を殺そうとした奴の埋葬など無意味に思えないのか?」

142回。
143回。

「もうそいつを殺してから1時間12分が経つ。いい加減、その身勝手な感情で無駄な時間を使わせるのは辞めてくれないか?」

144…。

目線だけこちらを向いてきた。

「じゃあ何か?3時になったら笑って、9時になったら泣けっていうのか?」
そんなもんクソくらえだ。と吐き捨てられた。

144回。
145回。

「そうではない。無意味だと言っているんだ。その他人へ同情する事自体が…。」
「うるせぇ…なぁ!」

146回。

吸血鬼は血から相手の過去や感情を読み取れる。それで何を見たのか?何を感じた?

147回。

そいつの何に影響された?その理由を説明さえしてくれればこちらも検討の余地はある。

148回。

ただ、それは間違いだ。その情報は相手の過去と感情。

149回。

彼女の物ではない。意味のない同情に今まで費やした時間と労力は見合うのか?理解出来ない。

150回。
151回。

彼女の血が無ければ私の起動時間は残り5時間17分23秒。それまでに別の吸血鬼を見つけて血が吸える確率はかなり低い。そうしなければ私は…。

152回。
153回。

「わかった。私も君と争う気はない。しかし、私は早く先へ進みたいんだ。」

154回。

「プランを変える。あと30分で終わらなかったら君のバイクを使って私一人、先に行かせてもらう。」

1…。

「はぁ!?ふざけんな!やり口がきたねぇぞ!」
次は目線ではなく顔ごとこちらへ敵意を向けてきた。次に何か刺激すれば手に持っている杭がこちらへ飛んでくる。それは困る。

「君の行動が不合理だからだ。どうする?これだけでのやり取りで16秒だ。残り29分と44秒、43、42…。」
計2秒。彼女の動きが止まった。が、
「…ったよ。早く済ませれば良いんだ…ろっ!」

155回。

その行動をやめる事は無い様だ。

「結局っ!」

156回。

「時間制限付きのっ!」

157回。

「感情じゃねぇ…!」

158回。

「…かっ!」

159回

今までの中で一番強く杭を地面に突き刺した。

…………………………。

479回。
480回。
481回。

計481回、土を掘り返し遺体を埋葬し終え、そこに杭を突き立てこちらへ振り向く。

「おい、…あと…何分だ?」肩で息をしている彼女が聞いてきた。
「2分と21秒、20、19、18、1…」
「それ…止めろ。…気持ちが…ブレる。」
彼女は息を整えながら粗末な墓標を目の前にし黙禱し始めた。

荒れ果てた地に風の音に混じりながら微かに鳥の鳴き声が聴こえる。

あれは別の鳥へのコミュニケーションだろう。
餌の有無を他の鳥へ伝達し、お互いの情報を交換している。

非常に分かりやすく合理的だ。

生き物はお互いに力を合わせ生きていく。一人では生きてはいけない。その為に自分の労力を使って相手とコミュニケーションを図り、生存率を上げている。

吸血行為による作用はそのコミュニケーションの様な情報交換を目的として生まれた機能なのだろうか?
確かにその機能があれば死んだ同胞の情報を読み取り、その死因から問題に対する行動が容易にとれる。

だが、埋葬して黙禱する事に意味はあるのだろうか。
受け取った情報は膨大かもしれない。その処理行為の一環として思考整理をするなら納得が出来る。しかし、それでは遺体をわざわざ土に還す意味がない。

食物連鎖の仕組みから考察するに肉体は土に還り、自然のサイクルが回る。特段、こちらが埋葬せずとも鳥たちが死体を食べ、その鳥を別の生き物が食べる事でもサイクルは可能だ。だとするならば…。

「アカネ。時間だ。約束通り次の血の残滓へ向かってもらう。」

3秒、目の前の墓標を見つめ、大きく息を吐いた後、「わかったよ。」と頭を掻きながら数十メートル先に停めているバイクへと歩いていく。

これでようやく先に進める。面倒な吸血鬼だ。
次の座標は…北緯度43度21分26.6秒、東経度23度9分36.0秒。3時間36分後には辿り着くだろう。
そこで敵意のある吸血鬼と接敵した場合の消費エネ…。

「なぁ。」

「…お前は死んだらどうなる?」

歩きながら彼女が聞いてきた。

「私は機械だ。そのまま残骸になるだけだ。」

ああそう…。という返答以降、何も言わなかった。

彼女の意図しない回答なのだろうか。では彼女の望む回答とは何か。
先ほどの行動と裏付けるならば、埋葬と祈りによる死後の価値観への確認だろうか。

私は取り込んだ情報から最適解を導き出し、処理をする。価値観と呼ばれる概念がこの判断材料となった情報であるのならば正しい回…。

「おい、なに立ち止まってんだ?時間がねぇんだろ?………合理的に考えて。」

彼女は既にバイクに跨りゴーグルを掛けながら呼んできた。
勝ち誇った表情。口角があがっている。白く小さな牙のある歯を見せながら。

「君の質問が悪い。前提も無い、定義化されていない不明慮な質問の処理に私の…。」

「わかったわかった。ほら、頭だけ回してると電池切れちゃうぜ。」
と燃料タンクをバンバンと叩きながらこちらを急かしてくる。

全く持って理解に苦しむ。

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