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フランスのユイマナカザト展へ行きました

2024年12月30日、約7ヶ月にわたりフランスで開催された、「Yuima Nakazato, beyond couture」展へ行きました。

期間:2024年6月15日〜2025年1月5日
美術館:CITE DE LA DENTELLE ET DE LA MODE
場所:フランス北部の都市・カレー

電車に乗れば、パリから片道3時間ほどで到着するこの美術館。カレーはかつてレース産業で栄えた、フランス国内で重要な都市です。主にレースが展示されています。

最終日から営業日で数えて5日目と終盤に訪れたためか、なんと展示のカタログは売り切れでした。

どうしても欲しかったので、ネットで調べたところ取扱いのあるサイトは少なく、最終的にイタリアのアマゾンで1点のみ在庫を見つけることができました。

ブランド・ユイマナカザトとは


まず、ユイマナカザトというブランドは、中里唯馬(ゆいま)デザイナーによって2015年に設立されました。

2008年にベルギーの名門校・アントワープ王立芸術アカデミーを日本人最年少で卒業し、2016年7月以降パリ・ オートクチュール・ファッション・ウィーク公式ゲストデザイナーの1人としてコレクションを発表しています。

これは、2022年8月に亡くなった森英恵デザイナー以来、日本人としては史上2人目のことです。

森英恵デザイナー

彫刻家の父と彫金家の母の間に生まれ、幼いころから現代アートや様々な表現に囲まれて育つ。独学で服作りを開始し、ベルギーアントワープ王立芸術アカデミーファッション科へ入学。卒業コレクションではヨーロッパで数々の賞を受賞。2016年には、パリ・オートクチュール組合より「招待デザイナー」に選ばれ、パリでのコレクション発表を開始。テクノロジーとクラフトマンシップを組み合わせた新しいものづくりを提案する。

公式プロフィール

展示のキュレーターズメッセージにはこのように書かれています。

「『Yuima Nakazato, beyond couture』展は、来場者をデザイナーとの旅へと誘います。2016年から2024年1月に発表された最新コレクションまで、彼のすべてのコレクションがここで公開されています。この展示は、デザイナーの哲学とギリシャ語の接頭辞「メタ」の共鳴に基づいており、それは「後に来るもの」、すなわち継承と変化を表現しています。これからの時代には間違いなく、衣服が生み出す美しさや感動の期待を決して犠牲にすることなく、よりサステナブルにファッションは進化していきます。中里唯馬は、その道を示す人物の一人です」

「Beyond Couture」展 キュレーターズノート
筆者により翻訳

私たちが普段ユニクロや百貨店で買うような、「S・M・L・XL」とサイズの決まった既成服ではなく、オートクチュールと呼ばれるオーダーメイドの服を作っています。

環境問題を懸念する中里デザイナーは、衣服の大量生産に対するソリューションとして、オートクチュールに大きな可能性を感じているためです。

質が高く、一人ひとりの体に合う服を提供することで、長く着られるものを作る。かつて既成服が生まれる前にそうであったように、「再びオーダーメイドの服が当たり前になる時代が来る」と、未来の新しいシステムのあり方を描いています。

"Eventually, each and every garment will be unique and different. This is our vision for the future of humanity."

「いずれ、すべての衣服それぞれはユニークで、異なるピースとなります。これがブランドがヒューマニティの未来として掲げる未来です」

中里デザイナーの言葉
NHK World Japan』より

また、コレクション制作にあたり、独自のリサイクル技術を企業協力のもと開発するなど、可能な限り未加工の新しい素材を使用しない方法を編み出しています。

なぜオートクチュールにこだわるのか?


歴史の長いオートクチュールですが、現在でもあまりに高価で、一般の人の手には届きません。個人の体に合わせて仕立てた服を手に入れることは、ほとんどの人にとって簡単ではないのが現状です。

そのオートクチュールに中里デザイナーがこだわるのは、衣服の将来的なあり方を考えるうえで、「衣服と着る人との間のエモーショナルな結びつき」を重要視しているからです。

以下抜粋の最終文は、中里デザイナーの言葉の引用です。

"Over the course of a human lifetime, each of us will own a considerable number of garments. Through eight stories inspired by the testimonies of people of different ages, cultures and lifestyles, Yuima Nakazato demonstrates the need to create an emotional bond between a garment and its wearer. "The relationship between garments and people will improve dramatically if there is a way to bring customised clothes that reflect the individuality of a wearer to each and every one at a reasonable price."

「人間の一生の中で、私たちはかなりの数の衣服を所有します。異なる年齢、文化、ライフスタイルを持つ人々の証言を基にした8つのストーリーを通じて、中里唯馬は衣服と着用者の間に感情的なつながりを生み出す必要性を示しています。
着用者の個性を反映しカスタマイズされた服を、すべての人々に手ごろな価格で提供する方法があれば、衣服と人々の関係は劇的に向上するでしょう。』」

2019 春夏「LIFE」コレクション説明文
「beyond couture」展 より抜粋


オートクチュールデザイナーとしての彼の特異性は、この環境問題と着用者の感覚的なつながりの向上を目指す、並外れた「実験性」にあります。

2016年から16ものオートクチュールコレクションを発表をしていますが、毎シーズンでその実験性の進化はやみません。

日本人オートクチュールデザイナーの第一人者・森英恵氏との対談で、中里デザイナーはこのように語っています。

2017年秋冬コレクション「FREEDOM」について

中里:「縫製をせずに、体のラインにぴったり合うように組み立てています。新しい技術を使ってオートクチュールのドレスを作るというのがコンセプトです。パーツに小さく数字が書いてあり、全部順番通りに組み立てていくシステムです。最初にパターンを作って分割線を入れ、生地をカットして組み立てています。1着に300~500パーツくらいあります。

森:すごいわね。オートクチュールね。

WWD:縫わずに作る、体にフィットするドレスを作っているとのことですが、中里さんが考える未来のオートクチュールとは?

中里:縫製していない分、従来よりも早く簡単に一人一人の体形に合うドレスが作れるんです。将来的には多くの人が一点モノのドレスを着られるようになったらいいなと思っています。今は、コストがかかってしまうのですが、それを新しい技術によってより簡単にできれば、実現できると思っています。

森:夢がありますね。

WWD:実際に販売する際には、オーダーになるわけですよね?

中里:体形を計測してコンピューターでパターンを作り、手でカットするとミリ単位でずれてしまうので、レーザーで正確なサイズにカットしているんです。今のところ、組み立てるのは手でしかできないので、1パーツごとに手作業で組み立てて、お渡しすることになります。それぞれ異なるサイズのピースを体に合わせていくんです。

森:まるで細胞みたいね。とても大変な仕事よね。まだ一般には提供していないの?

中里:来年には一般の方にも購入していただけるようなサービスとしていきたいと思っています。

中里:サテン、シルク、ウール、デニムといった一般衣料で使われる素材で新しい作り方をするのが今回の挑戦でした。

森:大変な挑戦ね。アートでもあるわね。これでごはんを食べていくのは大変よ

中里:はい。そうですね。これを買って着ていただくというところまで進化させていきたいです。」

『WWD』 森英恵デザイナーとの対談
 2017年秋冬コレクション「FREEDOM」について


このコレクションは、着物の襤褸(ぼろ=つぎはぎ)の発想をインスピレーションに、着る人一人ひとりへのカスタマイズの方法を提案しています。

これはほんの一例に過ぎず、エンジニアやテキスタイル企業との協業による新技術の開発、デジタルの活用など、絶えず新たな方法を模索し、実験的な提案を行っています。


2017年のこの対談ののち、実際に一般の人向けの新たなプロジェクトとして、「Face to Face」を実現させました。

"The main problem is the lack of emotional exchange between designer and customer. That's what's missing today. This explains why clothes have a shorter and shorter lifespan. Quality is increasing, but the value we place on clothes is decreasing."

「主な問題は、デザイナーと顧客との間の感情的なコミュニケーションが不十分であることです。これが今日では欠けており、衣服の寿命がどんどん短くなっている理由です。品質が向上しているのにかかわらず、私たちが衣服に対して抱く価値は減少する一方です。」

「FACE TO FACE」についての中里デザイナーの言葉 
「beyond couture」展 説明文より抜粋
筆者により翻訳

これは、世界中の顧客に向けた全く新しいオーダーメイドサービスで、もっている服をユイマナカザトがリメイクし、一点ものの新しい服へ生まれ変わらせるというもの。

顧客は中里デザイナーとオンライン上で対話を行い、服とのストーリーについてヒアリングしたうえでカスタマイズを行います。

「Face to Face」公式サイト


コロナ禍の2020年5月1日にスタートしたチャリティプロジェクトを基にしたこのサービスは、「できるだけ多くの人々に唯一無二の衣服を届ける」、「世界中で人々が直面している困難に対する社会貢献の義務がある」というブランド哲学と信念により生まれたものです。

売れる道ではなく独自の道で方法を模索する


「ソリューションを見つけるのにはとても時間がかかるので、今から始めないといけない」と、中里デザイナーは話します。

手っ取り早くブランドとして売れる方法ではなく、環境や社会に良い変化をもたらすと信じ、世の中に新しい方法を提示します。


"As people begin to see value in a wide range of fashion, there will continue to be brands that create meaningful clothing, even if they're not the bestselling items in the world, or brands with a powerful vision and message. I believe that is where the true value lies, not in how much money a brand brings in, but in the unique perspective and unique approach to fashion."

「人々が幅広いファッションに価値を見出すようになれば、たとえ世界で一番売れているアイテムでなくても、意味のある服を作り出すブランドや、強いビジョンとメッセージを持つブランドはこれからも続いていくでしょう。ブランドがどれだけお金を稼ぐかではなく、ファッションに対する独自の視点とアプローチこそが重要なのです。私はそこに真の価値があると信じています。

中里デザイナーの言葉
NHK World Japan』より
筆者により翻訳


アントワープ王立芸術アカデミー卒業したのち、日本でのブランド立ち上げを決意したきっかけは、先輩であり、尊敬するデザイナー・アンドゥムルメステール氏の言葉だったといいます。

クリエイションはユニークなのに、人生は他人の道を追って生きていきたいの?

中里デザイナーは、ヨーロッパのブランドでデザイナーとして就職する道ではなく、帰国し日本で自分のルーツと向き合うことから始めました。

現在はフランスをはじめとする世界の人々に「アヴァンギャルドブランド」と称され、革新性と実験性で衝撃を与え続けています。



中里唯馬デザイナーの特集を連載します


カレーでのワンフロアの展示では、各コレクションのストーリーが非常に深く、2時間ほど夢中になり滞在してしまいました。

今月、2025年1月のパリ・オートクチュールウィークでは、現在29のブランド(2025年1月2日)による参加が公表されています。

ユイマナカザトによる公式発表では、1月29日1時30分(CET)からショーを行うとのこと。

最新コレクションを楽しみに待ちつつ、ここでは、中里唯馬デザイナーの特集を連載していきます

これからの連載が皆さんにとってより深いブランド理解につながり、ユイマナカザトのコレクション発表を一緒に楽しむことができたらと考えております。


来場者によるノート
30分ほど立ち止まりデッサンをする女性


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