年末年始に毎日noteを書き連ねてみる
「書きたいけど、書けない」とかいっていないで、年末年始はnoteを書いてみることにしました。書いてみたら気づくことがあるはずなので。アドベントカレンダーも終わりましたしね。
文章の良さを感じた今年のアドベントカレンダー
12月はアドベントカレンダーがあるのもあってか、たくさんのnoteを目にします。今年は今まであまり深く知らなかったレベルの知り合いの方の記事を何本か読やことがありました。その時に感じたのが「長い文章」のよさ。
なんでそう思ったのかを考えてみます。
①過去の体験を書くことが多いから
その人の今は、過去でできあがっている。どういう人生を歩んで、今があるのかを知ると、ぐっと距離が近く感じるんだと思いました。それは仮に一度も会わずしてやり取りしているくらいの人でも、距離を近く感じることにつながりました。
目の前の行動、発言はすぐ捉えられるけれども、その背景まで知ると、行動や発言への納得感が違います。文章に落とし込む前でに書き手は色々考える。特に長い文章の場合は公開までに考える過程が多くあると思います。その中で何を書くテーマとしてチョイスしているか、どうやって表現しているかに、その人の内面が出ていると思いました。
②「想い」を感じやすいから
自分のことを文章にする過程は自分と向き合う時間だと思います。加えて、ポストのような短い文章よりも長い文章は具体的な情報が多くなる。時間をかけて書くことにもなるので、想いの情報量が多い気がしました。
ストーリーを感じるには想いが必要です。ストーリーに共感が生まれるというのも長い文章の良さといえそうてす。
③自分の距離を測ることができ、私が色々考えるきっかけになった
文章を読むときに、自然と「自分は比べてどうだろう」という思考が働いています。なので、文章はメジャーの役割があると思いました。
書き手の方に何もかもを共感する必要はないし、同じ考えである必要もありません。でも、文章に触れることで、自分との共通点・相違点を感じて距離を測ることができます。これが、文章を読む面白さだと今回思いました。結果的に自分の立ち位置が見えて、「私を知ることができた」感覚になったのです。
そんなこんなで、年末年始の書く自由研究をやってみる
そのようなことを受けまして、アドベントカレンダーが終わった25日の翌日、今日からゆるゆるうっと年末年始の書く自由研究を勝手にはじめたいと思います。
最終日に振り返るのを自分で楽しみにしています。発見があるといいな。
おまけのポンコツ話
ちなみに最初のツイートは一つ前のnoteの記事タイトルをもじったんですよね。
そう、「書きたいけど、書けない」じゃなくて「書きたいのに、書けない」だった。「けど」と「のに」近いけどニュアンスがちょっと違う気がする。
ちなみに、前回のnoteは「書きたいのに、書けない」のニュアンスの方がしっくりきます。