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心配性は化石化しない

 同じものに囲まれた生活を送っていると、同じことの繰り返しで生かされてるんじゃねーか。

 その、自分の興味関心ばかりの、だれからのツッコミが入る(批判される)ことのない、安心できるものだけを身の回りに並べていると、思考回路までを支配されてしまっているような不安がある。

 人間はそうそう変わらない。変わろうとする
意思は大事なんだろうけど、哀しいかな、そんな精神論だけでどうにもならない事態は死ぬほど
ある。

 けど、環境が変われば、人を変化へと追い込んでくれる。生き残っていくため、あるいは、最低限を確保したらより快適にしてくために、ぼくらは無意識的・本能的に思考と行動を研ぎ澄ましていく(無人島に放り込まれたりしたら、ほら、なんだかんだで)。

 ある種、感度が高かったり、自分の感情に素直な人ほど、同じものに囲まれ同じループにいることに対して「つまんない」「刺激がない」「まんねりだ」と気づくのが早いのかもしれない。

 『ハイパーボイルドグルメリポート』などを手がけた上出遼平さんなんかは、まさにそういう
感度・感覚の持ち主だと思う。同じものに囲まれることによる、自身の退化、イノベーションの起こらなさ、それがクリエーターとしての生存戦略だと感じ取り、知ってる人が誰もいないニューヨークに拠点に移したんじゃないだろうか。

   最も部外者になれるところに行きたいっていう感覚です。旅と同じというか、安心感がほしい人は旅しないわけじゃないですか。安心できない環境に自分を置いて、自分に何が起こるのかっていうのを楽しみたいんです。それに、そこに拠点を構えるっていうのは、より一層自分の変化が期待できる。

TOKION

   僕たちはすごく心配性で、不安で仕方がないから日本を出たという節はあります。同じ場所にいると、今日、明日は快適に過ごせるけれど、人としての成長速度に目を向ければいずれは頭打ちになる。成長の機会を失うことと引き換えに、安心を得ているような感覚がありました。

Ambitions

 二拠点だとか移住だとか、行動力があるからするものとされがちだけど、それはもう生き残るため、長い目でみたときにほがらかに生活していくためだけの選択でしかなく、いい意味での臆病さが効いたリスクマネジメントなのだと思う。

 今更だけど、なにも同じものが悪いわけじゃない。「同じ」にもいい「同じ」とかんばしくない「同じ」があって、それは言葉にしなくても、みんな察してるものなはず。自分が化石化してしまう「同じ」は避けて通りたい。

    惰性ばかりを許して繰り返す同じは、今がよくても先がない。安定が不安定ってのはそういうことでしょ。油断して、同じポーズばっかりとってるから、カチコチに固まってしまうのだろう。そういう人の標本になるのは勘弁、勘弁。

    だから、「違う」に飛び込んでいく。違うものに囲まれに行く。その中で変化することを予測しながら。その選択を自分(たち)でできるかどうか、ただそれだけの違いだと信じたい。才能だとかアンポンタンな言葉で片付けるもんじゃなくて。

   いろいろ心配だからこそ、うだうだ考えてばかりいないで、あれこれ行動してみるのだ。

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