《アートエッセイ》細かいこと気にしてたらドレスは着れない👗
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細かいこと気にしてたらドレスは着れないのよ。
汚れて当然よ、裾が長いんだもの。
染みなんてついたら取ればいい。
取れなければそれ”もろとも”着るのよ。
そんなに身体を強ばらせながら気にすることじゃないの。
服は汚してはいけないとか、染みはみっともないとか、
誰が決めたの?
そんなこといちいち確認しているなんて、
いくら染み一つなかろうと、貴方にそのドレスは
相応しくないのよ。
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「ついさっきまであれほどワクワクしていたのに・・。」
ノイエギャラリーの中で私はすっかり落ち込んでしまった。クリーニングから戻ってきたばかりの白いスプリングコートが黒く汚れてしまったのだ。
おそらくはカバンのせいだろう。昨日べたつきが気になって、ウェットティッシュで拭いたのがいけなかったんだ。
あぁ、せっかくギャラリーとそこに併設しているオーストリアン・カフェに合わせておしゃれをしてきたというのに。行きの地下鉄でも汚れないように最新の注意を払っていたというのに。
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そこで、冒頭の言葉たちがきた。
これらは『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』から私が受けたインスピレーションを言語化したものだ。
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金箔がふんだんにあしらわれた豪華な絵画。
アデーレは製糖業で富を得た裕福な実業化の妻であり、クリムトのパトロン、そして友人だった。
繊細でほっそりした指や薔薇色の頬からは淑女の気品を、意志的な力強い目からは権威ある女王の貫禄を感じる。
ドレスの模様は古代エジプトの壁画のようで、それを纏うアデーレは、さながらクレオパトラのようだ。
もしかするとクリムトにとってのアデーレとは、その様な存在だったのかもしれない。
どこまでが彼女自身で、どこからがドレスなのか。ドレスと背景の境目はどこなのか。ずっと見ているとその境目がどんどん曖昧になってくる。
額縁が無ければ永遠に続いていきそうなゴールドの宇宙をぼんやり眺めながら、でも確かに彼女を描くにはどうしたってこれだけの量の金箔が必要だったのだと確信した。だってアデーレは(少なくともクリムトにとっては)女王なのだから。ゴールドのドレスも、背景の空間も、全てが彼女自身なのだ。
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「また、来ます。」
そう心の中で呟いて私は展示室を後にした。
つい先程までの沈んだ心はしゃっきりとクリアになり、
心なしか背筋も伸びた気がする。
まぁ、そこまで大きな染みでもないしね。
とりあえずこの後は予定通りカフェで優雅な気分を味わおう。
コートは家に帰ったら染み抜きしよう。それで落ちなければ、またクリーニングに出せばいいんだ。
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結局人は自分の器に合った服しか着れないし、合った物しか持てないのだと思う。
長らく使えていないセリーヌの財布を思い出す。
汚れないよう最新の注意を払い、持っていく場所も選んでいた。(安っぽい居酒屋とか、盗まれるリスクのある海外旅行なぞには決して持っていかない。)
そうこうしている内に、段々型落ちやら自分の好みの変化等々もあり、結局ろくに使えずタンスの肥やしとなっている。
私に使ってもらいたがっていた大切な物なのに、私の方が遠慮していたのだ。
使いたいのなら汚しながら使わなければならないのだ。汚していいのだ、傷付けていいのだ。染みだって傷だって、その物の味わいになってゆくのだ。
そしてこれは人間関係にもいえることだと思う。汚したり汚れたりすることを恐れて遠慮していたら”ドレス”は着れないのだ。
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『服は、貴方を縁取るためにあるのよ。
ちょうどこの額縁のように。
額縁に囲われて、作品になるの。』
絵画が、そう教えてくれたような気がした。