クラリネット五重奏曲 イ長調 K. 581
モーツァルトは35歳で死んだ。
老衰だ。
夭折という言葉は20歳で死んだレーモン・ラディゲにのみ使用できる。
私はモーツァルトがあまり好きでなかった。
モーツァルトについて回るコノテーションが私をモーツァルトから遠ざけた。
・お腹の赤ちゃんにいい。
・脳にいい。
・明るくのびのびキラキラ(装飾性)
こういった功利的な触れ込みがアホっぽくて
昔は嫌だった。
その後何年経っても、再チャレンジしても装飾性や和声含めて好きになれなかった。
なんというか全く取っ掛かりが見えなかった。
自分に咬む取っ掛かりが。
モーツァルトで私が感動したことはなく、その楽曲は私をどこにも連れて行かなかった。良い音楽は必ず私をここではないどこかへ運んでくれる。
良い音楽は私から今いる場所を忘れさせる。
今までモーツァルトはどこにも私を運ばなかった。私に何も忘れさせなかった。
しかしクラリネット五重奏曲 イ長調 K. 581は私を遠くに連れて行った。ようやくモーツァルトが噛んだ。取っ掛かりが生まれた。
私は自分の現在地を忘れた。その場から切断された。
クラリネットは鳥の囀りのようで
チェロは鳥が羽を乗せる風のようだ。
モーツァルトは35歳で死んだ。
老衰だ。
しかし
もっと長生きしてもよかったのにと思う。
とにかくこの演奏のクラリネットの音はなんとも言えず良い。控えめでチャーミング。悪目立ちしない、同時に存在感もある。
何度も何度も聴きたい名演奏。