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web小説感想/『誰のための唄』
久々に「これいいなあ」と思うweb小説を見つけたから、今回はその作品をちょっと紹介。
『誰のための唄』/灰芭まれ
物語りの鍵は、SNSで突如バズッた1曲の歌動画。誰が歌っているのかはわからない。けれどそれはまたたくまに拡散される。その歌を聴いて、ある少女は自殺を思いとどまり、ある少年は好きな女の子を救うための一歩を踏み出す。
そんなパワーを持つ歌が実は、殺人犯……人殺しが歌う歌だった。SNS上で称賛されていた歌が今度は批判とともに拡散されてゆく。
様々な意見とともに無責任に広がっていく歌に、人々はどう反応し、何を思うのか。その様子が優しく虚しく淡々と描かれる。
そして歌った本人の「人殺し」は、なぜ人を殺めたのか。何も知らない他人がSNSで何を言おうとも、結局本当のことは殺した者と殺された者、当事者たちにしかわからない。
私たちがネット上で普段いかに自分勝手な発言をしているかをふと気づかせてくれる。そんな短編。
歌っていた彼が殺しに至る経緯は、彼や殺された彼女がもう少し大人であれば、他の選択肢も思いついたかもしれない。それでも今の彼にはそれ以外の方法が思いつかなかった。そんな若さゆえの「殺す」という選択が垣間見えて、これもひとつの青春だな、と思った。
それから、歌をはじめとする何か作品の素晴らしさと、それを作った人間の罪は連動するのか。人殺しが作った歌は聴くべきではないのか。価値なんてないのか。
私は、感動する作品を生み出すことと人として罪を犯すことは両立すると思う。そうであってほしいと思う。
罪を償いながら歌い続ける。彼にはそんな物語のその後がありますように。
ちなみにこの作品が掲載されている小説投稿サイト、魔法のiらんどは凝った表紙や行間の使い方など、視覚で読ませる作品が多くてデザイン感覚に優れたユーザーが集まっている印象。
灰芭さんの『誰のための唄』も、最後の一ページはたった一行の台詞だけが表示され、余韻を残した終わり方になっている。
ご興味のある方はぜひ読んでみていただければと。
それでは。