7/12日(日)「第一回 名古屋の盆踊りを踊りましょ会」を開催した。
2020年のコロナの状況下、名古屋の盆踊りも恐らく今夏の開催は皆無だろうってことで、夏に踊れないフラストレーションが想像以上にキツい。
4月あたりから、外出を控えろとの世間のプレッシャーがステイホームという名で押し寄せて、仕方がなしに、自宅でさまざまな盆踊り動画をパソコンで流しては、一人踊りまくっている。そうすると動画活用ならではの楽しみも、いくらかみつかってくる。飛んで跳ねるが凄まじい踊り曲である「ガッツ!!!」や「春駒」を、さらに1.5倍速や2倍速スピードに変速して踊ってみると、弾け具合は閾値を越える。踊りにのめり込んで自宅であっても容易にふらふらとなれる。年中ずっと毎日のようにジョギングしている僕だけれど、それにも関わらず踊りで使う筋肉は全く違う部位の模様、家で一人踊りした次の日は、足の裏側内側の、筋肉の痛みが激しい。
youtubeで踊る用の動画を楽曲ごとにそれぞれ、ピックアップしてリスト化したらば、いつでも踊りたい曲が即座に取り出せる状況となった。動画のほとんどは盆踊りの現地をどなたかが撮影している映像で、太鼓の音や鉦の音、割れたスピーカーサウンド、手拍子、子供の騒ぐ声などが臨場感たっぷりに含有されてるものだから、レコードやCDなど盆踊り曲の元音源よりも情報量が多分、体が場の質感を捉えて反応が強くなる。
とはいえあまりに一人踊りが過ぎると寂しさを覚えてくる、ある夜、盆踊り仲間の友人と夜中の小さな公園で、少しだけ二人で踊ってみたらばとってもとっても楽しかった。そしてその後のとある6月の日に、とある集まりで僕が名古屋の盆踊りのイロハを紹介する、というミニレクチャーを催す機会があった。ありがたいことに好評だった。しかし僕はやっぱり話すよりも踊りたい、それも一人でなく、できるだけ沢山の人と共に盆踊りを踊りたくなってきた。
そんな気持ちは止まず、直ちに近場の名古屋市営の生涯学習センターにかけこんで部屋の予約を取り、盆踊りを踊るイベントを自前で立ち上げた。コロナで“蜜”となってはならぬとのことだから、15名の予約定員制とした。もちろん盆踊りの醍醐味は、ふらっと行ってふらっと踊って、そして誰に挨拶もせずふらっと帰れるって自由なとこにあるのだけれど、コロナ最中にイベントとして催すにおいては、そうもできん。
そして、7/12日(日)「第一回 名古屋の盆踊りを踊りましょ会」を開催した。僕を含めて10名の参加者が集ってくれた。なんとはるばる関西から踊り好きの方がいらっしゃったりもして、僕を含めて盆踊りを踊れる人が三人、他はビギナーさんだった。
炭坑節、名古屋ばやし、大名古屋音頭、ダンシングヒーロー、踊るポンポコリンといった、名古屋定番曲を中心に踊り、郡上おどりのかわさきや春駒なんかも踊った。
それに加えて、先述した関西からいらした方が先導してくれたおかげで、河内音頭、江州音頭まで踊ることができた。
さて実は、僕がコロナの状況下で家でひとり踊りしてた中で、最もたくさん踊っていたのが、江州音頭だった。大阪河内国分、東京錦糸町、そして昨年の名古屋城と、僕がこれまで江州音頭を実体験できたのは三度だけしかない。今年こそはまた大阪に繰り出し、めいっぱい江州音頭を踊ってやろうと思ってたのだけども、コロナで挫かれた。僕は未だ江州音頭のステップがしっかり捉え切れておらず、そうしたフラストレーションの中で家で一人で何度も踊るうちに、江州音頭のステップが次第に掴めるようになっていた。そういうことだったから、僕はこのとき江州音頭が踊れたことにとてもエキサイトした。
「踊りましょ会」には、ある三遠南信の湯立神楽を踊っている知人が来てくれたり、富山出身で名古屋盆踊りに大変興味あるって方がきてくれたりしてて、富山出身の方は富山の盆踊り(富山のどこかは聞きそびれた)で定番だという「こきりこ節」を踊ってレクチャーしてくれたりもした。
参加者はみんなそれぞれの力量でとても熱心に踊っていた。ベタに名古屋の定番曲を踊るという趣旨の企画だったけれど、結果的にその場には多様なステップがいくらも発生した。
初めての試みだったが参加者の多くは楽しんでいただけたようだし、自分もかなり踊りまくれて楽しんだ。
さっそく8/9(日)で同じ施設をまた予約した。第二回を催す予定だ。部屋は前回よりも広い部屋。楽しみ。