警視庁蒲田警察署の警察官がした「職務質問」~市民に接する警察官が自分の権限を知らない危険性~
「明るい警察を実現する全国ネットワーク」は、警視庁蒲田警察署の警察官がした「職務質問」~市民に接する警察官が自分の権限を知らない危険性~ を発表しました。
https://www.ombudsman.jp/policedata/240602.pdf
【経過と顛末】
「どうぞ」で始まった物色
「どうぞ」で続いた執拗な物色
ミニシースナイフ
突然、「軽犯罪法違反だ!」
蒲田警察署の取調室で
ミニシースナイフの任意提出
指紋・顔写真・DNA
自宅まで追跡、撮影
警察官からの執拗な電話
弁護士の対応
【警察活動の問題点】
運転免許証の提示義務がある場合
職務質問ができる場合
それでも、「中を調べさせてください」
車内で見つかったナイフの所持
弁護人が示した捜査に協力する条件
弁護人がした「正当な理由」の説明
ナイフの還付手続
指紋データ・顔写真データの抹消
蒲田署に残るAさんの自宅写真
おわりに~同意に基づく警察活動への対応のポイント
警視庁蒲田警察署の警察官がした「職務質問」
~市民に接する警察官が自分の権限を知らない危険性~
日々、全国あちこちで行われている警察官による職務質問。警察官が職務質問できる法的根拠は警察官職務執行法だ。その根拠条文をみると、実際に行われている職務質問は法律の要件を満たしていない「職務質問」もどきが多い。ここで紹介するケースもその1つ。まず事件の経過顛末を説明し、そのあと、問題点を解説する。このケースでは、弁護人が警察と交渉して被疑者の指紋データ・顔写真データの抹消を実現した。
【経過と顛末】
運転免許証の提示から始まった
2023年9月18日午後9時過ぎ頃、フリーカメラマンのAさんが、蒲田署管内のコンビニの駐車場に車(軽乗用車)を止めて携帯電話で仕事の打ち合わせをしていると、運転席窓ガラスを叩く音がした。音のする方に顔を向けると、窓の外に2人の男性の制服警察官がいて、運転免許証の提示を求めてきた。Aさんは窓を開けて提示して見せた。特に問題なし。だったらこれで終わり。と思ったら、そうはならなかった。
「どうぞ」で始まった物色
警察官の一人が「コンビニの駐車場で薬物の取引が行われている」「中を調べさせてください」と言った。Aさんは別に犯罪に関係しそうな物は持っていないという自覚があったので、警察官の仕事に協力するつもりで、「どうぞ」と言って、運転席、助手席のドアを開け、ダッシュボードを開けて見せた。犯罪に関係しそうな物は何もなかった。一人の警察官は勝手にアームレスト(肘掛け)の収納ボックスを開けた。そこにも犯罪に関係しそうな物はなかった。
これで終わりと思っていたら、2人の警察官の探索行動は止まらなかった。
「どうぞ」で続いた執拗な物色
あまりにも時間をかけ過ぎるので、Aさんが「なんでそんなに細かく調べているんですか」と聞くと、警察官の一人が「軽乗用車は公道を走っていて煽られることがある。煽られると、怒って凶器で煽った車を襲う危険がある」と、最初とは違うことを言って、「後部座席を見ていいですか」と言い出した。Aさんには何を言っているのか意味がわからなかったが、特に犯罪に関係しそうな物はないとわかっていたので、「どうぞ」と言った。
ミニシースナイフ
後部座席には、Aさんがフリーカメラマンの仕事をするときに着用するベルトが置いてあった。ベルトの周囲にはいくつものポケットをぶら下がっていて、その中にレンズケースやストロボ、バッテリー、水筒などが分けて入れられていた。ポケットの1つにG.SAKAIのミニシースナイフを入れていた。ミニという名のとおり刃渡りが短い(6㎝以下)ナイフだ。フリーカメラマンとしていろいろな場所で写真撮影をする時に何かちょっとしたものを切る必要が生じることから、ミニシースナイフを撮影機材と一緒に常に持ち歩いていた。
突然、「軽犯罪法違反だ!」
だから、警察官がミニシースナイフを見つけてもAさんは特に驚かなかった。
警察官に「これは何のために持っているのか」と聞かれ、Aさんは「趣味のアウトドアで使うからです」と説明した。職業を聞かれ、「フリーカメラマンです」と答えた。「どんな場面でどのように使うのか」と質問されれば、Aさんは仕事や趣味でどのように使っているかをいろいろ説明するつもりだった。しかし警察官からそのような質問はなく、突然、「軽犯罪法違反だ!」と言われた。
驚いているAさんに警察官は蒲田署まで来るよう言い、Aさんは自分の車でパトカーの後をついて蒲田署に行った。
蒲田警察署の取調室で
蒲田署の取調室で事情を聞かれたAさんは経過を説明し、供述調書が作られた。ミニシースナイフを持っていた理由は「趣味のアウトドアで使う」「仕事で使う」と説明した。警察官はそれ以上詳しく聞かなかった。取調べ警察官は「護身用ではないのか」と幾度も言った。Aさんは護身用にナイフが必要な生活をしていないから、「護身用ではありません」と繰り返し答えた。Aさんには警察官が「護身用に持っていた」と言わせたかったことがはっきりわかった。
ミニシースナイフの任意提出
「護身用に持っていたのではない」と説明しても警察官から「ナイフを任意提出してもらう」と言われたAさんは、不本意だったが、ここで拒否してなかなか自宅に帰らせてもらえないのは困ると思い、黙って従うことにした。
Aさんは1枚の紙に署名指印しただけで、2枚の紙には署名指印していない。Aさんが署名指印した書面には確か所有権放棄書と書かれていた。領置調書(刑事訴訟法221条)に署名指印した覚えはないという。これが事実なら、警察にはAさんから適法にナイフを提出してもらった証拠がないことになる。
指紋・顔写真・DNA
取調べ後、Aさんは指紋の採取と顔写真の撮影をされた。Aさんはこのようなことをされることが不本意で断わりたかったが、断われるものだとは知らされず、警察官に、「では、指紋を採ります」「次は顔写真を撮ります」と当然従わなければならないことのように言われ、黙って従った。その後、「DNAも採る」と言われた時、書類に「任意」と書かれていたのが見えたので、断わった。
自宅まで追跡、撮影
取調べ後、警察官が神奈川県内のAさんの自宅までパトカーでついて来て、午前3時頃、Aさんが玄関の鍵を開ける場面や郵便物まで写真に撮って帰って行った。Aさんは警察官が自分の住んでいる家までついて来て、写真まで撮っていったことがショックだった。
Aさんはこれで終わったと思っていた。しかし、そうではなかった。
警察官からの執拗な電話
3週間以上経った10月12日午後2時過ぎに蒲田署の警察官から電話があった。Aさんはそのことを携帯電話の留守電機能で知った。思い当たることは何もないから、放っておいた。
翌13日午前9時、同じ警察官から電話があった。9月18日の深夜と打って変わって丁寧な言い方で、「もう1度、蒲田署に来てもらえませんか」と言った。Aさんは「行きたくありません」と断った。すると、警察官は唐突に「ナイフを集めるのが趣味だと言ってなかったっけ」と言って来た。Aさんは「言っていません」とはっきり答えた。警察官は「上司と相談する」と言って電話を切った。
犯罪の成立を認める自白調書になっていないことを上司から指摘された警察官が、自白調書になるような文言を補充するために電話してきたのだ。
16日午後1時51分、同じ警察官からAさんに電話が掛かって来た。Aさんが「なぜ、電話を掛けて来たのですか」と聞くと、警察官は「気が変わりましたか」と言った。気が変わるという問題ではない。Aさんは電話を切った。
Aさんは警察からいつ電話が掛かって来るか不安が募り、弁護士に相談し弁護人になってもらうことにし、以後、弁護士が警察署と対応することになった。
弁護士の対応
最初、弁護人は、Aさんが逮捕されることがないことを警察に確認した。この点がはっきりしてAさんは少し安心した。
その後、犯罪不成立という内容で検察に事件送致しないのであれば、警察の捜査記録の完成に協力するということで、弁護人は「正当な理由」があることをAさんから詳しく聴き取り書面にして蒲田署に送った。蒲田署の判断は犯罪不成立、よって不送致。
ミニシースナイフの還付を受け、指紋データ・顔写真データの抹消も実現した。
【警察活動の問題点】
この事案では警察官の仕事の仕方は問題だらけだった。
運転免許証の提示義務がある場合
警察官に運転免許証の提示を要求されたAさんに提示義務があったか。
道路交通法67条1項・2項に該当する場合は運転者に運転免許証の提示義務がある(95条2項)。
67条1項は、「車両等の運転者が64条1項(無免許運転)、65条1項(酒気帯び運転)、66条(過労運転)、71条の4・4項から7項(大型自動二輪車等の運転者の順守義務)まで又は85条5項から7項(2号を除く。)(運転制限)までの規定に違反して車両等を運転していると認めるとき」には、「当該車両等を停止させ、及び当該車両等の運転者に対し、・・・運転免許証の提示を求めることができる。」と規定している。これはどういう場合に警察官は運転者に運転免許証の提示を求めることができるかということを規定しているものだ。
Aさんはコンビニの駐車場に車を停めているときに声を掛けられたのであって、そもそも「車両等を運転していると認めるとき」に当たらない。Aさんは無免許運転や酒気帯び運転、過労運転などをしていたわけでもない。だから警察官はこの規定を根拠にAさんに運転免許証の提示を求めることはできなかった。
67条2項は、「車両等の運転者が車両等の運転に関しこの法律(64条1項、65条1項、66条、71条の4・4項から7項まで及び85条5項から7項(2号を除く。)までを除く。)若しくはこの法律に基づく命令の規定若しくはこの法律の規定に基づく処分に違反し、又は車両等の交通による人の死傷若しくは物の損壊(以下「交通事故」という。)を起こした場合」において、「当該車両等の運転者に引き続き当該車両等を運転させることができるかどうかを確認するため必要があると認めるとき」は提示要求ができると規定している。
Aさんは処分に違反したり交通事故を起こしたりしていたわけではないから、これにも当たらない。この規定も警察官がAさんに運転免許証の提示を求める根拠になっていない。
だから、Aさんには運転免許証提示義務はなかった。
Aさんは運転免許証の提示くらいならいいだろうと考えて、運転免許証を提示したのだろう。だれもがこれくらいはいいだろうと応じる。
しかし、警察官の側はそうは考えない。法的根拠を問題にしないで警察官の求めに応じる人なら、さらに続けて法的根拠がないことを要求しても応じてくれるだろうと期待する。このように考えるのは人間の心情としてもっともだ。何か事件はないかと探索している警察官にしてみれば自分からストップをかけるのはなかなか難しい。市民の側から法的根拠に基づいて拒否することが重要だ。
職務質問ができる場合
Aさんに運転免許証の提示義務はなかったから、Aさんが要求を断っても、そのことを理由に警察官は職務質問をすることはできなかった。Aさんが提示したことが却って警察官を積極的にしてしまった。
職務質問ができる場合は、警察官職務執行法2条1項で、「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者」についてできると規定している。
Aさんは一日の仕事を終えてコンビニの駐車場に車を止めて電話で仕事の打ち合わせをしていただけだから、犯罪に関係しそうな「異常な挙動」などはない。犯罪とは全く関係がない。警職法2条1項に基づいて職務質問できる相手ではなかった。
警察官のやっていることは法律で定められた職務質問ではなく、違法な警察活動だ。
それでも、「中を調べさせてください」
警察官はそのことをわかっているからこそ、「コンビニの駐車場で薬物の取引が行われている」「中を調べさせてください」と言って、協力を求めた。
「コンビニの駐車場で薬物の取引が行われている」という言い方は変だ。そんなことが実際に行われているかどうかも疑問だが、そのような事件がどこかであったとしてもAさんには関係ない。Aさんには見せる義務はない。「私には関係ない。私はそんなことはしていない」と言って車の中を見せることを断ることができた。
警察官はAさんに薬物取引の嫌疑があるという話をしていない。「コンビニの駐車場で薬物の取引が行われている」は質問にさえなっていない。何の犯罪の嫌疑もないのに「中を見せろ」と要求するのは違法な捜索だ。
Aさんが断れば、警察官はそれ以上のことはできなかった。しかし、Aさんは断っても警察官はしつこく要求するだろうから、そうなると煩わしいと考えたのか、「どうぞ」と言い、運転席、助手席のドアを開け、ダッシュボードを開けて見せた。
Aさんはそれで解放されるかと思ったかもしれないが、警察官の発想は違う。警察官は、Aさんは警察官がしたいことを次々にOKしてくれる人だから要求をどんどんエスカレートさせてもOKしてくれるだろうと期待したはずだ。
車内で見つかったナイフの所持
警察官は車内からミニシースナイフを見つけると、即、「軽犯罪法違反だ!」とAさんに言った。銃砲刀剣類所持等取締法の「飛出しナイフ」(2条2項)には当たらない。
軽犯罪法は条文数の少ない警察官にとって初歩の初歩の入門的な法律だ。軽犯罪法1条2号の条文を知っていてこのように言ったのなら極めて悪質、知らないで言ったのなら勉強のやり直しが必要だ。
軽犯罪法1条2号には「正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者」とある。見ればわかるとおり、「刃物」を持っていれば即犯罪成立ではない。「正当な理由」がないこと、「隠して携帯していた」ことも要件になっている。
Aさんはフリーカメラマンの仕事で使う機材と一緒に持っていただけで隠していたのではないから、この点だけからしても犯罪が成立するか疑問だ。それ以上に重要な要件は「正当な理由」があったかどうかだが、警察官はコンビニの駐車場でも蒲田署の取調室でもミニシースナイフがどのような物と一緒にあったかということに関心を持たず、Aさんにミニシースナイフを携帯していた理由を詳しく聞くこともしなかった。ふつうの人がベルトにぶら下がっているいくつものポケットの1つにミニシースナイフをみれば、ベルトについている物それぞれがどのような使われ方をするのかと考えるはずだ。ミニシースナイフにしか着目しない警察官には、犯罪の証拠を探すことも証拠を正しく評価することもできないだろう。
後日、警察官がAさんにしつこく電話してきて、「もう1度、蒲田署に来てもらえませんか」「ナイフを集めるのが趣味だと言ってなかったっけ」と言っているのは、警察官が書いたAさんの供述調書の内容では「正当な理由」がないことがはっきりしないことがわかり、上司からこの点を補充して犯罪が成立すると読めるようにしろと言われたからだ。Aさんが「言ってない」とはっきり言っても、再度、電話を掛けてきて、「気が変わりましたか」などと言っているのは、とにかく犯罪を成立させたいという結論が決まっているからだ。日々このような積み重ねをしている警察官がやがて(事件の大小はともかく)冤罪を生む。
弁護人が示した捜査に協力する条件
弁護人が付いてから蒲田署はこれまでの警察官とは違う上司の警察官が対応するようになった。部下とちがって柔軟な話ができた。
最初、弁護人は、Aさんが逮捕されることがないことを警察に確認した。刑事訴訟法217条の規定からして、「犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合」でなければ逮捕できない。Aさんはどちらにも該当しないから逮捕されるおそれはない。
上司の警察官は捜査記録を完成させたがっていた。完成させることがAさんの犯罪の成立を認める内容であれば弁護人として協力するつもりはなかった。上司の警察官は犯罪不成立の内容でよいと言ってきた。それなら検察に事件として送る必要はないはずだから不送致にしてほしい。犯罪不成立という内容で検察に事件送致しないのなら警察の捜査記録の完成に協力すると返事をした。上司の警察官はそれでよいと答えた。
弁護人は、①犯罪が成立しない以上は検察庁に事件送致(送検)しないこと、②蒲田署にあるAさんが所有権法遺書に署名してしまったミニシースナイフを返す(還付)こと、③Aさんの指紋データ・顔写真データを抹消することを条件に、蒲田署の要求に応じると提案した。
蒲田署は了解した。被疑者(Aさん)の指紋データ・顔写真データは警察庁で保管しているから、警察庁に相談し警察庁も了解したという意味になる。
弁護人がした「正当な理由」の説明
弁護人は文書で蒲田署にAさんがナイフを持っていた理由を説明した。
「ナイフが入っていたポーチやレンズケースがついた一連のウエストバックは、(Aさん)の仕事のうち屋外での撮影で主に使用しているものです。屋外の撮影ではいろいろな条件下で撮影することになります。撮影の必要からレフ板(撮影の被写体に光を反射させる板)となるスチレンボードや発泡スチロールを切ったり、背景となる紙を切ったり、撮影道具の作成にも使います。時にはレンズのホコリを飛ばすためにもっているエアーダスターのガス抜きに使うこともあります。18日の撮影でもこのような用途に使用いたしました。それ以外に、撮影場所に辿り着く途中に薮があれば、そこにあるトゲがある植物があればナイフで切ることもあります。ナイフは野外で撮影を行う場合にはいろいろな場面で利用することを想定しています。
(Aさん)はいろいろなジャンルの撮影をしているので必要機材も多岐にわたります。撮影のジャンルによってカメラ以外の撮影備品というのは様々に変わります。カメラレンズ以外にもライトやレフ板が必要になったり、光を遮るような暗幕や光を拡散させるトレーシングペーパーなど必要になります。トレーシングペーパーなどはライトの先端にテープで貼り付けて使うのですが、ライトの大きさにあわせて裁断して使用します。撮影内容に応じて自分で備品を作るということはたくさんあって、それを制作するためのツールとして小型のナイフは必要不可欠なものです。」
蒲田署はこの説明を受け入れ、Aさんにミニシースナイフを携帯する「正当な理由」があったことを認めた。これでAさんの軽犯罪法1条2号違反はなくなった。
ナイフの還付手続
年末近く、蒲田署から電話があり、事件性なしとして送検しないことになった、ミニシースナイフを返すという連絡だった。弁護人は蒲田署に出向き、Aさんの受領代理人として、ミニシースナイフの還付手続をした(刑事訴訟法222条1項・123条)。このとき任意提出書を作成しているかどうかは聞かなかった。言わなくても、作成していなければそのことは警察内部ではわかって問題になっているはずだ。
指紋データ・顔写真データの抹消
同じ日、引き続き指紋データと顔写真データの抹消について話し合った。これらについてはそもそも収集・保管・利用・廃棄(抹消)の手続が法律になっていないので、その手続法に基づく抹消請求はできない。上司の警察官は弁護人がこの話を持ち出すことをわかっていて、「あとはAさんの指紋データ・顔写真データの抹消ですよね。ただ、これは警察庁で保管しているので手続に時間がかかるので待ってほしい」とのことだった。
案の定、年内に蒲田署から抹消の連絡はなかった。
新しい年に入ってもなかなか連絡がなく、弁護人は幾度も蒲田署に催促の電話を掛けたが、抹消されていなかった。
3月に入っても動きはなかった。「年度をまたぐと後任の警察官が「引き継いでない」と開き直らないか、それが心配だ」と言うと、上司の警察官は「来年度もいます」との返事だった。それでも抹消してもらえる安心材料にはならない。
年度明けの4月初めに蒲田署から電話があったが、あいにく留守。9日にやっと電話で話ができた。4月1日付で警察庁がAさんの指紋データ・顔写真データを抹消したとのことだった。やっと抹消に辿り着いた。
そこで、以前からお願いしていた文書回答を改めて求めたが、やはり断られた。文書回答があっても本当に抹消されているかは確認できないが、現場警察官の口頭の回答だけではなおさらのこと本当に警察庁が抹消したかどうか不安が残る。Aさんもこの点を危惧していた。Aさんが警察庁に自己情報抹消請求をすれば、「不存在」の回答を得られれば抹消されたことを確認できるかもしれない。警察庁が「存否応答拒否」をすれば抹消されたかどうかわからない。訴訟を起こせば抹消を確認できるかもしれない。実際にどうなるかはわからない。
曖昧な到達点だが、口頭回答にせよ抹消の実現は小さな一歩になったと言える。
蒲田署に残るAさんの自宅写真
Aさんは蒲田署から自宅に帰るまでパトカーに追尾され、Aさんが玄関の鍵を開ける場面や郵便物まで写真に撮って行ったことがショックだった、この写真も廃棄してほしいと言っていた。その気持ちはわかる。弁護人はこのときの写真の廃棄を求めたが、あっさり断られた。
最初から犯罪など犯してないという自覚があるAさんにしてみれば、犯罪が成立しないことがはっきりした以上、警察には自宅写真を廃棄してほしいと思うのは当然だ。
しかし、警察からすると、この写真は捜査資料の一部になっているから、後から抜き出して廃棄するのは難しいという弁解が成り立つ。記録としては過去に蒲田署で逸脱した捜査活動があったという証拠になる。特定の事件捜査から離れて指紋データ・顔写真データが警察庁に保管されているのとは意味が違う。
とはいえ、そもそも軽犯罪法違反のような軽微な事件で捜査として被疑者の自宅やその場での被疑者の写真撮影が必要だったかは疑問だ。警察官がしたことは、「警察はお前の住んでいる家を知った。だから、これからはいつでもお前を監視できるんだからな」という脅しをしているかのようだ。
おわりに~同意に基づく警察活動への対応のポイント
警察官に声を掛けられ何かを要求された時には、法的根拠を明らかしてもらうこと。法的根拠は「なになに法」では不十分。「なになに法何条」まで具体的に言ってもらうこと。その条文内容を確認させてもらうこと。自分がどれに当たるか教えてもらうこと。応じる義務がなければ断っていい。警察官に要求する権限がなければ、応じる義務がないのは当たり前。
そこで警察官は同意に基づいて何かを求めてくる。その時には、同意するかしなかは自由だから断っていい。断らないですぐに済めばその方が楽だと考えがちだが、それは希望的観測に過ぎない。要求はどんどんエスカレートする。エスカレートしてから断るのがなかなか難しい。どうしていまさら断るんだと、疑われることは必至だ。ごく簡単に済むことなら応じてもいいと考えるなら、どこから拒否するか自分の考えの中ではっきり線引きをすることだ。線引きの理由はいらない。
明るい警察を実現する全国ネットワーク
http://www.ombudsman.jp/akarui/
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