東京の衝撃(後編)
生まれてから今まで「学区」を離れたことが無く、仕事以外で都会に行ったことのない私が、初めてプライベートで東京に行ってきたので、その感想を綴る。
以下は、前編の続き。とんちんかんなことを書いていると思われるかも知れないが、私にはこう見えたのである。
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翌日、別の友だちと東京駅で待ち合わせた。赤坂見附駅から東京駅へ向かう途中、私は「ラッシュアワー」というものに巻き込まれたことに気づいた。
ラッシュアワーがこんなに凄いとは思わなかった。昨日(休日の昼間)の渋谷駅周辺でも十分凄い人数だなと思ったのだが、比では無い。夫に分かるように説明する場合、こうなる。「30年前の、うちのまちがもっと元気だった頃の、商店街の縁日ぐらいの混み具合。あの、何人も子どもが迷子になった、あの縁日ぐらいの!」でも縁日と違うのは、構成員が全てスーツの働き盛りの男女で、歩くスピードが激速なこと。流れるプール状態である。
私は流れるプールを横断して待ち合わせ場所へ行きたかったのだが、そんなことをしたら絶対怪我をする。もう、意を決して流れに乗って、どこかでUターンしてくるしかない。そう判断して、スーツの男女に混じった。
恐ろしいが、笑えてくる。なんなのこの状況。無言でスタスタ歩く黒やグレーのスーツの中で、のんきなワンピースを着て流されていく私。このスピード以外は許されない。そうしないと将棋倒しになりそうなほどの密度なのだ。車いす利用者はこんな時どうするのだろう。ここにおばあちゃんがいたらどうするつもりなのだろう。いや、いったん流れるプール状態になってしまったら最後、おばあちゃんがいても、誰もどうすることもできないだろう。
結局15分ぐらい流され続け、行きたくもない方向のホームに到着した。とりあえず時を待とうとベンチに座り、もう一度待ち合わせ時間の確認をする。確認を終えて前を向くと、目の前に人、人、人、人・・・その全てが、五体満足のビジネスパーソンのみという不可解さ。
ふと見ると、横に座っているビジネスウーマンの様子がおかしい。なんだか元気が無く、少し息が苦しそうだ。何か言葉をかけたかったが、私自身が異世界に迷い込んでいる最中で、助けるどころか足手まといになりそうなので、ただ見守る。
そして思う。このビジネスパーソンたちも、決してラッシュアワーが心地良いわけではないのだ。田舎で暮らす私たちが、更新されない古い価値観と付き合いながらそこそこ楽しくやっているように、ビジネスパーソンたちもラッシュアワーと付き合いながら、都会の生活を楽しんでいる。
でも、実際にラッシュアワーに遭遇して、よく耳にする「満員電車にゆられて会社へ通勤するなんていやだ」という言葉の印象が全く変わった。それまでは、雑誌やテレビで見聞きする、慣用句ぐらいの印象だったのだ。今は、ああ、心の底から嫌だったんだろうなあ・・・と共感できる。
東京駅で友だちに会って、ランチを食べながら話を聞いてもらったら、だいぶ落ち着いた。彼女は沖縄から東京に出てきた人なので、私の衝撃が理解できるのだ。
楽しい時を過ごし、いったん外に出る。駅舎を見て、そうそう、これなのよ駅って、と思う。でも私はうっすらと予感している。東京駅も渋谷駅と同じであることを。きっと、私の目に「駅」とは見えていない場所も「東京駅」なのだと。ほら、いろんなところに駅に降りる入り口がある。ここから地下に入ると、広大な本当の東京駅が広がっているのだ。よしよし、と分かったような気で歩いていると、「東京駅入口」と「東京駅入口」の間に、違う駅名の入口案内表示があった(気がする。辻褄が合わなさすぎるので、夢だったのかもしれない)。もう、どういうことか分からない。お手上げだ・・・。
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そんな東京旅行だったが、友だちに言わせると、渋谷駅周辺は都心の中でも難易度高めの地域だそうだ。「多摩は違うよ」と言われたけれど、行っていないから分からない。三鷹、吉祥寺、神田といった、私と相性が良さそうな(気がする)地域へもまだ行っていない。
東京の印象は、一言で言うと「人間の叡智を極めた街」である。飛び抜けたセンスでデザインされた街。合理的で美しい。美しいイメージを現実の街並に下ろしていく。都市計画から商品に至るまで、全てのものに誰かの思想と戦略があり、売買される。人々は気に入った品を購入し、自分の生活を美しく加工していく。
田舎はそこまで生活の商品化に振り切っておらず、野生の手触りや重みを感じやすい気がする。そういうことを、もしかしたら「垢抜けていない」と言うのかも知れない。
別の友だちからは、「あなたは地方より東京のほうが合うんじゃない?」と言われている。オリジナルな人間は、地方より都会のほうが生きやすい。自分の芯がしっかりあれば、多様な人間が住んでいる分、居場所も見つけやすいだろう。見渡したときに、田んぼと畑と山と空が風景の9割で、建物が1割で、走っている車が10台ぐらいで歩いている人が多くても同時に5人ぐらい、そんな場所が東京にもあれば、生まれ変わったら住んでみてもいいかも知れない。