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毒を吐く その30 ベル型とロングテール型、どちらがお好き?
統計学は、生物を学ぶ上で必須な学問なので、生物屋は義務教育以外でも、好き嫌いに関わらず、触らざるを得ない。
わたしは統計学を好きでも得意でもなく、どちらかといえば避けたかったが、でも企業の研究者として、実験や試験の結果を考察するときに、後ろに統計学をいつも気にしていた。
生物屋が頭の中に常備するのは、正規分布のグラフ、所謂ベル型カーブだ。
例えば、日本人の成人男性の身長の分布を、横軸に身長、縦軸に人数としてグラフを描くと、身長のうんと低い人は少なく、またとても背の高い人も少なく、平均身長付近の人が数多くなって、全体のグラフの形がベルの様になることは、直感的に理解できると思う。
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一方で、生物とは少し違う学問で、利用されるグラフがベキ分布、所謂ロングテール型だ。
生物屋にはなじみが薄いが、地震学や経済学で学問的に使われているらしい。
身も蓋も無く言ってしまえば、例えば、資産や貯蓄の額と人数の分布がこれに当たる。
確かに貧乏な人の数と大金持ちの数が同じな筈がなく、直感的に、貧しい人の方がお金持ちより人数が多いだろうと感じる。
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だから「一億総中流」という意識は、実は欺瞞だということが分かる。
2023年の厚生省の「国民生活基礎調査」によると、生活が「苦しい」と答えた世帯はおよそ6割(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240705/k10014502821000.html)。
一方、同じ2023年の内閣府による「国民生活に関する世論調査」では、「あなたのご家庭の生活の程度は、世間一般から見て、どうですか。」という質問に対する回答が「上」「中の上」「中の中」「中の下」「下」が選択肢の場合、86%が「中」のカテゴリーに入れているのだ。
6割が生活が苦しいと、自分では感じているのに、その自分の家庭は、世間一般からは9割近く「中」と評価されると思うなんて、どんな矛盾だろうか?
「中流」というのは、最低でも「生活が苦しい」なんて感想を漏らしてはいけないのに。
本心では生活は苦しい。でも自分の家庭は世間から見れば「人並み」であってほしい。決して貧しいとか「下」とか評価されたくない。
そういうことなのだろう。
つまり、現実はロングテール型に近いのに、ベル型を夢見ているということだ。
苦い現実から目を逸らす、これも一つの対抗手段か。
内閣府の同じ調査で、「今後の生活の見通し」という質問事項がある。この回答の年次推移を見ると、「良くなっていく」「同じようなもの」「悪くなっていく」の選択肢で、1960年代後半から1970年代前半は3割・4割・1割未満であったのに、令和の時代は「1割未満」「6割」「3割」となっている。技術の発達により、生活の安楽度は上がっているはずなのに、現実を直視している感じが表れていると思う。