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毒を吐く その20 生まれて初めての零点

生まれて初めて、試験で零点をとったのは、確か小学校5年生。
あまりのショックに、科目、テスト内容、テストを出題した先生のお名前も全て記憶している。

小学生の時は、運動芸術関係を除いて、いわゆる「できる子」だった。主要科目のどんなテストでも、100点満点で90点を切ると、内心心理的に地団駄を踏むほど、傲慢な児童だった。
そんな勘違い児童のわたしが、音楽とはいえ、紙の上に零点と書かれた試験用紙を返されたのだ。内容は和音の聞き分けで、ドミソ(ローマ数字Ⅰ)、ドファラ(IV)、シレソ(V)の三つの和音を音楽室で大谷先生がグランドピアノで10回弾き、一回一回それがⅠかIVかVかを、わら半紙に書いて、提出し、先生が採点して返してくれたのだ。
余りのショックに、そのシーンは画像として頭に深く刻まれ、半世紀以上たった今でもありありと感じられる。本当にショックなことが起きると、頭も心も真っ白になるもんである。

帰宅して、親に零点をとった話をしたら、母の反応は覚えてないが、父は喜んだ。「ついにやったか。」と言った。父はそういう人であった。
実は当時、わたしはドイツ語教師である父の大学の同僚のドイツ語教授にバイオリンを習っていた。同僚のよしみで破格のお月謝でである。このバイオリンの先生(実はドイツ語教授)の方が、事態を深刻に捉え、バイオリンをそっちのけにして、暫く先生のアップライトピアノで和音の聞き分けをやらせ、わたしは内心困惑した。聞き分けられなかったからである。

当時はそのように分析出来なかったが、よく考えてみると、選択肢が毎回三つしかなく、正解がそのうちの一つである場合、不正解になる確率は一回につき三分の二なので、10回連続して誤って、結果零点になる確率は、三分の二の10乗である。計算してみると、0.01734‥‥となる。つまりこのテストで零点をとれる確率は1.7%という低率なのだ!
よおく考えてみて欲しい。もしわたしが、命に係わる手術を目の前にして、手術担当医から成功の確率は1.7%、言い換えれば失敗の確率は98.3%と言われたら、絶望し、すぐに遺言書を用意したくなるだろう。
その位、稀な体験をしたのだ。

その後は、学年が進むにつれ、沢山低い点もとったが、零点はいまだに一回だけである。
生涯二度目の零点が、認知症のテストでないことを祈る。


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