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お連れ様の話【軽く怖い話④】

県境を跨いで

大学のあるA県B市からC県D市の実家へ、夏期休暇の帰省を1年目は列車で、2年目はバイクで、3年目は自転車でこなし、では4年目は徒歩で締めましょうとなっちゃう様な変わり者の青年がどこにでも時々いるでしょ?

今回はそんな変わり者の知人の話。当時は「変わり者だな~」とか「凄いな~」とかそういう驚きと憧れが混ざったような感情で聴いていたけど…

今冷静に距離を測ったら150km以上あるわ。

バイクも50ccの原付だと言ってたから、知人は2年目から既に結構な冒険をしていて、4年目には夏限定でほぼ気が狂っていたのかもしれない。

そんな夏の思い出話からひとつ…

路肩で野宿をしながら

徒歩だと一日中歩いても最低2日~3日はかかる。スマホなんてまだ無い時代の事だから縮尺の小さい折り畳みの地方別地図と方位磁針、あとは持ち合わせた知識と野生の勘みたいなものだけでテクテク飄々と歩いたのだろうというのは彼が後に行き着いた職業からも想像に易い。

県境を跨ぐのは一度

だけの隣県への移動だとしても、大きな国道などを歩くとヒッチハイクとか楽な方に流れてしまうからと、敢えて未舗装の山道を選んで迷ったり、延々人家も無く外灯も無い闇夜の道を歩いたりしたそうだ。

山道となると鹿や猪、熊の出没までリアルに警戒しておかなければならない本格サバイバル帰省。まず現実が怖いって話。

気配

一人で人気のない夜道なんて歩いてたらちょっとした物音がしただけで妙な想像をしてしまうもの。それが解った上で挑んでいるから彼は根性が据わっていたのだと思う。けれどやはり、そんな彼でも何やら気配を感じ始めた。

振り向いても外灯も無いから何も見えない闇。夜の海を眺めたり、外灯の無い峠道で車のヘッドライトを突然消したりしたことがあればお解りいただけるだろうが、夜の闇は吸い込まれそうな程暗く怖い。その先に何が居てもおかしくない、何かが起きてもおかしくない、逆に未来が全く見えなくなってもおかしくない、そんな気分にまでなるのだ。

丑三つ時を越え

何かの気配もずっと消えないし後ろを振り向いても怖いだけだし、こんなところで足を止めて夜営を張る気にも当然ならない。

歩いて歩いて只管に歩いて夜を明かす。
漸く漆黒の空が濃紺から紫色になる頃にはヘトヘトに草臥れて、前方にちょっとした町並みが見え始めると、気配もへったくれもなく道端でひっくり返って寝入ってしまった。

暑い。

かなり高く上がった太陽に照らされてその暑さに目を覚ますと、道端の叢の中だった。そのまま息絶えても誰も気付いてくれなかっただろうなと少し怖気付きながらも、無事に目覚めた自身の逞しい野性を悦んだ。

もうじき昼か。そう言えば夜中じゅう歩いて朝方にひっくり返ったきり何も食べてない飲んでない。
前方の町並みに早く甘えたくて歩がすすむ。

足音?

明るいからか怖さは無かった。ただ、町並みに向けて歩き始めてから昨夜と同じように“気配”が着いて来ていた。
時折、自分が刻むリズムと違う足音まで聞こえるようになった。だが振り向いても辺りを見回しても人影も動物も見当たらない。構わず歩く、町並みはもうすぐだ。

冷やし中華 かき氷

ノボリと布看板がはためくのが見える。もうそこが実家でもイイとさえ思う程に腹は減り疲労もピークに達していた。汗や泥埃に塗れた姿など気にせずに店の扉を開けた。

「カランコローン」「あーい!」

農作業中の客に慣れてるのか薄汚い姿も笑顔で迎えてくれたおっ母さん、余程喉が渇いているように見えたのか、いきなりお冷を2つくれた。「冷やし中華をお願いします」「はいよー!」背中で返事をしてそのまま厨房へ入る。

10分経ったか経たないかの間にお冷は1人で2つとも飲み干し、やがておっ母さんが「ハイハイハイハイお待ちどう様ぁ!」と冷やし中華を2つ、割箸も2膳ドンチャカと卓に置いた。

「え?」

「お冷は2つ頂いちゃいましたけど、冷やし中華はひとつで大丈夫です」知人は大食らいではないからそう答えたのだが、おっ母さんは「あらお連れ様は?おトイレ?」会話が通じない。

「あの、僕はじめから一人なんですが…」
おっ母さん、顎を引いて首周りに肉をたるませながら「あんらヤダよ、何言ってんだい!10歳ぐらいのお嬢ちゃんと一緒だったじゃないか!お水持ってきた時もそこに座っておかっぱ頭の!」

そこで「気配」を思い出し、何故かわからないが仕方なく冷やし中華を2つとも平らげた。その子は一緒に食べたのかお店から出ていってしまったのか。おっ母さんも彼もなんとも言えない不思議な時間を過ごしたそうだ。



その後きちんと帰省は果たし、数十年経った今も彼は健在だがお子さんは居ない。南極とかいう地域にはもう何度か訪れているような自他ともに認める変わり者だという事には変わりは無い。



おわり

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