マイノリティーを知る
ベナンに来て辛かったことは、ずっとヨボと呼ばれることだった。(ずっと言ってる)今でも街を歩いていると呼ばれる。
以前も触れたがヨボは白人(ベナンでは黒人以外全員白人)の意味で、ヨボの他にもブラン(白・白人)とかシノワ(中国人)とか呼ばれる。
お金をねだられること(切実な物乞いという感じではなく、ニヤニヤしながら)、時計をねだられること、電話番号を聞きたがること、あからさまに声を高くして How are you って言われること。
全部、「あぁ、私が外国人だからこんな風に言われるんだな。」と私は感じている。
人によっては気にならないだろうし、中国人と間違われることだって仕方が無い。外国人を見たことが無いから、珍しくって興味があるだけなんだ。
そう自分に言い聞かせるのにかなり必死だった。
そして先日仕事に向かう途中でぼんやり考えて気がついたのが
「あ、これがマイノリティーってやつか」
ってこと。
そして今まで自分は圧倒的マジョリティー側の人間として生きてきた?振舞ってきた?ことにも気がついた。
人種だって性自認だって、五体満足に暮らしていることだって全部マジョリティーだった。
今まで様々なマイノリティーに対して理解を示そうとしてきたつもりだったけど、その気持ちはやっぱりマイノリティー側の人間になってみないと分からない。
だから何ってことはない。明日からもまた私はヨボって呼ばれるし、やっぱりそれは仕方のないことだと割り切るだろうし、日本に帰れば思い出になるんだろうなと思う。
でもこの経験(というか気づき)がちょっとした、ある種の感動を覚えたので忘れずに記録。
2022年11月12日