10-4. あの記号は、今日のゲームで俺たちが通った軌跡じゃないのか?
あの記号は、今日のゲームで俺たちが通った軌跡じゃないのか?
俺はペンを回しながら、考えられる文字の組み合わせをメモに書き出していく。
・hhmt(スタート地点のローマ字表記から頭一文字)
・nnst(スタート地点の英字表記から頭一文字)
・hhmt(行かなかった方角のローマ字表記から頭一文字)
・nest(行かなかった方角の英字表記から頭一文字)
手が止まった。
ようやく見つけた意図的な答え。でも、この答えが、あいつの考えたものであるならば、やっぱり俺はあいつに真意を聞かなくちゃいけない。
俺はぐっと唾を飲み込むと、ズボンの太ももで手のひらを拭った。机の上に置いてあるスマホを手に取り、タイプミスをしないよう、慎重に文字を打つ。
封じられた扉を開けるパスワードは「nest」。意味は「住処」だ。
パスワードを入力してエンターキーを叩く。通信中を表すグルグルが二回転すると、部室の扉に取りつけられた長方形の箱が小さな音を立てた。スマホの画面に『ロック解除』の文字が映る。
俺は扉に手をかけると、一気に引き開けた。部室に閉じ込められていた蒸した空気が、体にまとわりつくのを感じながら中へと進む。もうスマホの画面で確認する必要はなかった。
「やはり、ここまで来たんだね」
窓際に立って、真っ暗なグラウンドを見下ろしたまま、ユウイチが言った。
その姿を見た瞬間に、俺は絶望的な確信をする。
「どうしても、おまえに見せたいものがあったからな」
俺は自分のスマホを操作して、ジュンペーが撮ったユウシの住所録を表示する。ユウシの名前に続けて、住所、電話番号が記され、備考欄に「兄 対馬祐市」の名前がある。
「……六年生の頃の住所録だね」
ユウイチは俺が差し出したスマホを目を細めて一瞥する。
「まさか、これが見せたかったわけではないよね? もし、そうだというのなら、たいした時間の無駄だ。きみには、まだ最後の問題が残って」
「無駄じゃない。この写真を見せたかったんだ」
ユウイチがますます目を細くする。俺は一度息をついてから、ユウイチに視線を戻した。
「アルミプレイヤーのツシマユウシでも、対馬祐市でもない。俺が知っている対馬祐士にね」
「……なにを言ってるんだい?」
「最初に引っかかったのは病院だった。その次はおまえの家」
細い管や配線につながれたまま横たわっていた、あの日の姿が思い浮かぶ。
「看護師さんも、おまえのお母さんも、おまえのことを“ユウジ”と呼んでいた」
「それは、きみの聞きまちがいなんじゃないのかい?」
「俺も始めはそう思ったよ。でもね、ジュンペーとトシが教えてくれたんだ」
俺は写真加工アプリを立ち上げると、さっきの写真を読み込んだ。
「写真のコントラストと彩度を調整すると、たまに隠されたなにかが顔を出すらしい」
トシが残した指示どおりに画像を加工した。ジュンペーが撮った住所録の中、対馬祐士の名前の上を塗り潰していたマーカーが透けて、文字が浮かび上がる。俺は加工した写真を拡大した。
「見えるか?」
ユウジが唇を嚙みしめた。見えていることがわかったうえで、俺はわざと言葉を重ねる。
「ここにもツシマユウジと書かれてる。つまり、おまえの家には、最初からツシマユウシという名前の男はいなかったんだ。そうだろ?」
俺の問いかけに、ユウジの眉がぴくっと持ち上がる。そうなんだ。おまえのことをユウシだと思っていたのは、俺たち囲町学園の生徒だけなんだよ。
「だから、どうした……というんだ。今、ここにいるのはツシマユウシ。この僕だ」
「それも違うよ、ユウジ。おまえ、前に兄貴と一緒にチームをやる、って話してくれたよな。今日のチーム紹介でわかったんだけど、おまえのチームはひとりしか登録されていないんだよ。それなのに俺たち四人で稼いだスコアを上回るスコアを叩きだしてる」