8-3.『もっとも三二マス目をチェックする必要がないことに気づかずに三一マスを中心にチェックする可能性がないわけでもないのだ』
『もっともユウイチが三二マス目をチェックする必要がないことに気づかずに三一マスを中心にチェックする可能性がないわけでもないのだ。イチはどう思うのだよ?』
「えあ?」
急に話を振られて変な声が出る。どうやら無意識のうちにペンを取り出して回していたみたいだ。
『ちょっと待って』俺はまだぼんやりとしてかたちにもなっていない思考を無理やり打ち込む。
『まず、どのマスで移動を終えても三分の二の確率でハントは避けられる。仮にユウイチがミスして三一マス目をチェックすれば、範囲から外れた二九マス目はチェックされない……』
ダメだ。今のは事実を並べただけで、なんの推測も入っていない。
『つまりは、どのマスで止まっても問題はなし。ただ二九マス目だけは運次第でハントを避けられる可能性がほんの少し上がるってことか?』
時計をちらりと見たヒロムが話をまとめに入る。
『では僕は少しでも可能性を高くするために二九マスに移動しますです』
ジュンペーはそう言うと、二マス前進した。
『チーム〈キセキの世代〉の一五回目の移動が終わりました! 続いてチーム〈ジェミニィ〉のチェックとなります。チーム〈ジェミニィ〉がこの回でハントできなかった場合、第一ゲームはチーム〈キセキの世代〉の完勝となります!』
パペットマスターがテキストと音声で観客をあおる。そんな中、ユウイチが静かに手を挙げた。
『パペットマスター、念のためにルールを確認させてもらえるかな?』
『チーム〈ジェミニィ〉の発言を認めます』
『ハントするマスは、チェックしたマスの中からでないといけないんだっけ?』
『いいえ。チェックの場合もハントも場合も任意のひとマスをお選びいただけます。チェックをしたマスの範囲に含まれるマスである必要はありません』
『ありがとう』
ユウイチはカメラをちらっと見てから冷酷な笑みを浮かべた。頭の上から氷水をぶっかけられたみたいな悪寒が全身を包む。なぜ、わざわざ確認した? なぜ、今になって?
「……まさか“今”だからなのか?」
『三一マス目をチェック』
俺ははっとしてユウイチに目を戻す。もうあとのない一五回目の移動。次の移動でゴールに入るためには一回の最大移動距離である四マス以内、マス目で言えば二九マス目から三二マス目の範囲に入っていなければ、その時点で俺たちは負けていた。
『チェック範囲の三〇マス目から三二マス目に狐はいません』
パペットマスターはあくまでも事実を述べる。残り四マスのうち三マスには誰もいない。
『より安全だと思い込んだ方を選んだか。リスクを取らないものにリターンはないというのに』
ユウイチの言葉の意味にようやく気づいたジュンペーがぱくぱくと口を動かす。
『ハント、二九マス』
イスの上で背伸びをしながらユウイチは言った。もうゲームは終わったと言わんばかりに。
『ヒット。チーム〈キセキの世代〉ジュンペーさんは、ここで退場となります』
トシが茫然と立ちつくす。ヒロムが壁を強く一回殴る。ジュンペーはそのまま廊下に座り込んだ。
『一五回目の移動で二九マス目を選んだ時点できみたちの負けは確定していた。あそこで三〇マス目か三一マス目を選んでいれば勝ち負けは五〇パーセントの確率だったんだけどね。もっともきみたちが負けたのは最後の選択が原因じゃない。僕のパターンを読んだつもりになって移動回数を慎重に重ねたことが最後の選択という結果に結びついたのさ』
言い終えるとユウイチは席を立った。スマホには無人の部室が映り続ける。
『ごめんなさいなのです』
ジュンペーからの短いメッセージ。この状況でなにができるかはわからないけど、とにかくジュンペーのところに行かなくちゃ。俺はずっしりと重くなった足をぎこちなく持ち上げる。