10-5.細長い影がゆらめいた。
ユウジの細長い影がゆらめいた。
「ここから考えられる可能性は、ただひとつ。おまえと兄貴はふたりでひとりを演じていたんだ。少なくとも、このアルミの世界では」
俺は息を整えながら、ユウジの言葉を待った。目の端に見えたパソコンのモニタ上では、視聴者がチーム・ジェミニィの不正を糾弾するメッセージが次々と流れていく。
できれば、ユウジにはここで負けを認めてほしかった。これ以上の追求は虚しいだけだから。
「……やはり、きみは面白い」
ユウジは乾いた笑い声をあげながら、カメラの前のイスに腰を降ろした。乱れた前髪が、ライトの光にさらされた両目と一緒にユウジの心を隠してしまう。
「では、イチ。きみに聞きたい」
もう言わなくていい。もう聞かないでくれ。俺は声にならない声で叫んだ。
「きみは、僕がユウジだという。なぜ、僕が登録者であるユウイチではないと――」
「俺がわかってないと思うのかよ!」
喉から吹き出した熱い塊がユウジの言葉を断ち切った。
「俺たち五人、どれだけ一緒の時間を過ごしたと思ってるんだよ。ユウジ!」
教室。昼休み。部室。帰り道。アルミの中。
こっちが嫌だって言っても絡んできたのは、おまえじゃないか。
それでもユウジは、顔を伏せたまま、左右に首を振る。
「僕は見たいんだよ。きみが、きみたちが僕を超えるのであれば、その瞬間をね」
真っ黒な沈黙が、俺とユウジの間を漂う。
自分の心臓の音がずきずきと響いた。その痛みは、ゲームの最中なのに妙にリアルだ。
「……なあ。クラゲソフトクリームって、そんなに美味かったか?」
ねばりつく喉から、それだけの言葉をようやく押し出した。
ユウジは唇を強く嚙んで、なにも答えない。
「俺たちの知ってるユウシは、あの変な味のソフトクリームをなぜか気にいってたんだよ。なんでも完璧にこなすやつだったけど味覚だけは致命的だって、みんな思ってた。もちろん、そんな味のソフトクリームが普通に売れるはずもない。実はあのソフトクリーム、俺たちの学園の近くにあるコンビニ一店舗で試験的に販売された期間限定品だったんだ」
「いくら期間限定品だとしても、ユウイチが食べなかったという証拠にはならないよ」
「……ユウイチは食べられないんだ」
俺は拳を強く握りしめた。
「ユウイチは、クラゲソフトが販売されていた二週間、ずっと検査入院をしていたんだ。そして、その期間、俺たちはユウシと学校でもアルミの中でも、ずっと一緒だった。ユウシがユウイチの見舞いに行けば、すぐに気づくぐらいにはね」
「では、もし僕がユウジだとしたら、ユウイチはどこにいるんだ?」
俺ははっとして息を呑む。顔を伏せたままのユウジが、寂しげに笑っているのがわかった。
「ユウジがここにいるということは、ユウイチは――」
「いや、もういいだろう。きみはたしかに真実を知っている」
俺にユウジたち兄弟の間になにがあったのかはわからない。それは水平思考問題のようなものだ。せいぜいが推測に推測を重ねて、それらしい物語を作ることしかできない。
ユウジがすっと立ち上がった。
右手に持ったスタンガンの火花が消え、まっすぐ俺に向けられる。
「皮肉なものだね。僕は自分の実力を知れば知るほど、仲間といる価値が見出せなくなっていった。自分が真剣になればなるほど、まわりが真剣でないと思い知った。そんな思いをぬぐい去るために作ったチームでも、いつのまにか自分に求められる役割をうまく演じるようになってしまった」
「誰もユウジに役割を演じることなんて求めちゃいないよ。勝手に背負うな」
「そう言われても難しいな。なんとなく、他人が求めていることが読めるんだよ。この場面で、こんな答えを言ってほしいんだな、とか。今は自分の出番じゃないな、とか」
「おまえは頭が良すぎるんだよ。少しヒロムみたいな筋肉思考を学んだらいい」
ユウジは小さく息をつくと、スマホを左手で操作してなにかを入力した。
そして長い長い沈黙が生まれる。