9-3. なるほど。ヒロムが吠えた気持ちがわかった。
なるほど。ヒロムが吠えた気持ちがわかった。
「これを一問あたり平均五分で解けってことか」「一〇分じゃねえのかよ?」「二問で一〇分なのだよ。あれこれと考えている時間はないのだ」
トシはノートPCを取り出すと、すぐに指を走らせた。ヒロムは指を折ってなにかを数え始めた。
「それぞれで考えて、答えがわかったら手を挙げよう」
俺はペンを取り出して、三回、回した。
「四分経ったら知らせる。それまでに誰も答えがわからなかったら、一度、考えを共有しよう」
そう言ってから、俺は考える。いったい、どこから手をつけたものやら。
ペンを回しながら、頭の中でイメージを描いてみた。
ゴンドラはひとつ。だから普通の生徒がひとりでゴンドラに乗って、向こう岸で降りてしまってはゲームオーバーだ。向こう岸から島にゴンドラを戻す方法がいる。
もちろん、ゴンドラを戻すのに普通の生徒を使ってはプラスマイナスゼロだ。つまり普通でない生徒がいる。それが小柄なふたりの生徒だろう。
「やべえ! 指が足りねえ!」頼むから、静かに考えてくれないかな。
ペンを回す速度を速めて、ぶつぶつと続くヒロムの雑音を振り切る。
――ふたりしかいない小柄な生徒は、ゴンドラにふたりで乗ることができる。もちろんひとりでも乗ることができる。だから、ふたりでゴンドラに乗って向こう岸へ行き、向こう岸でひとりを降ろしてから、もう一度、島に戻ってくることもできる。
島と向こう岸の両方に小柄な生徒がいるなら、普通の生徒がゴンドラに乗って向こう岸に行っても問題ない。降ろしてきた小柄な生徒がひとりでゴンドラに乗って島に戻ってこられるからだ。
「……四往復か」
ふと漏らした俺の声に、トシとヒロムが顔を上げる。すぐに目を落としたトシはともかく、なにか聞きたそうだったヒロムは無視した。ようやくつかんだ手がかりなのだ。
普通の生徒ひとりを島から向こう岸に運ぶのに四往復が必要。
運ばなければいけない生徒の数は全部で一〇〇人。単純に考えれば、一〇〇人×四往復なんだけど。
俺はペンをさらに回す。でも、そんな俺が答えにたどり着くよりも早くトシが手を挙げた。
「わかったのだよ。答は三九三回なのだ」
トシの答えに、ヒロムが鼻を鳴らした。
「やるじゃねえか」
「あたりまえなのだよ。イチ、念のために検算してくれたまえ」
俺は思考を中断して、トシの言葉を待った。
「イチも気づいたように、この問題を解くカギはひとりの生徒を運ぶのに四往復が必要ということなのだ。単純に考えれば、生徒の人数×四の答えが、全員が島から脱出するために必要な往復数だ」
一〇〇人×四往復=四〇〇往復。そこまでは俺も考えた。
「ただ、この問題の場合、生徒の人数は一〇〇人ではないのだよ。最初にゴンドラに乗る小柄な生徒ふたりを除いて計算しなければいかないのだ。つまり、一〇〇人から二人を引いた九八人に四往復をかけた三九二回に、小柄な生徒が島から出る最後の一回を足した数が答えなのだ」
小柄な生徒は生徒だけど、普通の生徒ではない。四往復を乗算しなければいけないのは、普通の生徒であって、小柄な生徒は含めてはいけない。
自分では気づけなかったパズルのピースがわかってすっきりした俺は、計算をし直してみた。
「三九三回。まちがいないよ、トシ」
「では、ヒロム。一番能なしのおまえがとっとと答えるといいのだ。時間が惜しい」
「……なんかムカつくけどわかったよ。でも、あとで絶対に殴る」
言葉とは裏腹に、ヒロムが笑みを浮かべる。
「おい、ユウイチ、聞こえてるんだろ? 答は三九三回だとよ」
ヒロムがスマホに向かって告げた。一瞬の静寂。
俺たちを映していたゲームの中継画面が、パソコン部の部室に切り替わる。