9-10.そう。失うことになった一因には、制限時間に圧された焦りもあった。
そう。ヒロムを失うことになった一因には、制限時間に圧された焦りもあった。俺たちに残された時間は、あと八分三五秒。この間に二問を解かなくちゃいけない。
「ただ、自分は苦手なのだよ」右肩にトシの手の重みを感じた。「だから、残された時間を最大限使う方法を取ろうと思うのだ」
俺は振り向いてトシを見た。トシは左手を俺の肩にかけたまま、右手を軽く挙げている。まさか、こんな短時間で答えがわかったっていうのか?
「期待に添えず申し訳ないが、自分はここで降りるのだよ」
トシは静かに、でも、きっぱりと断言した。
「ユウイチ、聞こえているのだろう? カウントダウンを止めて、諸々の手続きを進めるのだ」
「な、なに言ってんだよ!」
俺の中で熱が急激に膨れあがる。衝動的にトシの襟首をつかみあげた。
「おまえ、さっき言ったよな? 俺たちでユウイチに一発喰らわせるって」
トシは俺の目をまっすぐに見つめ返した。
「ふたつの問題を解くには時間がないのだよ。そのことは気づいているだろう?」
「そんなの、やってみなくちゃわかんないだろうが!」
「残念ながらわかっているのだよ。自分もおまえも」
トシの襟首をつかむ俺の手が震える。熱い塊が行き場をなくして喉が焦げる。
「たしかに、ふたりで考えれば時間内に一問ぐらいは解けるかもしれないのだ。でも、そのときはどちらが次に進むかでかならず言い争いになる。そしておそらく、イチは折れてくれないのだよ」
「だからって――」
「ひとつの問題を五分で解く、というのは、自分たち三人がこのフロアを突破するために考えたルールなのだ。でも、それが難しくなりそうな今、ルールを破ってリスクを取るべきなのだよ」
トシはぎりっと歯を嚙んで息をつく。
「最初のゲームのとき、自分が慎重に進みすぎなければ、慎重に進むことを提案しなければ……ジュンペーが脱落することはなかったのだよ」
指先から力が抜け、トシの襟首をつかんでいた手が滑り落ちる。トシは二度、俺の肩を叩くと、手を離してノートPCを取り出した。
トシがキーボードを叩く音やユウイチとのやり取りが、薄い膜で包まれた別世界の音として流れる。すっかり暗くなった踊り場に、働き蜂の足音が聞こえた。
「言っておくが、イチ。自分はユウイチに一発喰らわせるために、おまえに賭けたのだよ。いや。自分だけではないのだ。結果的にヒロムもジュンペーも、おまえに賭けたはずなのだ」
ノートPCの画面から目を離さずにトシは言う。
「……チームなのだからな」
俺は、現実と非現実の境目でぼんやりとうなずいた。
そういえば、あの日、校舎の屋上で確認したっけ。つまずいてばかりの現実も、こいつらとなら乗り越えられるって。
「あとは任せたのだよ」トシはノートPCを閉じてカバンに放り込んだ。
「ああ」
自分でもびっくりするくらい、きっぱりとした声が出た。
トシは一瞬、丸くした目をすぐに細めて、薄く笑う。そして現れた働き蜂に押し出されるように、踊り場から続く下り階段に姿を消した。
やがて火花が散る音と鈍い落下音が階下から響き、残響が消えると、俺はひとりになった。