10-2. メッセンジャーを閉じて、またペンを回し始める。
メッセンジャーを閉じて、またペンを回し始める。トシは、俺が問題を解く時間と、トシ自身がこの情報をまとめる時間の両方を確保するやり方を選んだんだ。
『選択まで殺してはいけないのだよ』
ヒロムが脱落したとき、トシはそう言った。大丈夫。心配すんなって。俺たちならできるさ。
ペンを回す速度が上がる。目に見えているものが、すべて真実とは限らない。
前提を疑え。疑って、すべての前提を引っくりかえせ。
「母と再婚をしたのは、俺の実の父親か?」
しばらく考えてから俺は言った。
引っくりかえしてみたのは、再婚という前提。再婚相手が赤の他人だという思い込みだ。
スマホのスピーカーを通して、ユウイチが小さく息を呑んだ音が聞こえる。
『……そうだ。俺の母は、一度別れた父と再婚した』
「俺と兄は、見た目もよく似ていたか?」
ペンが一回転するたびに、世界の見え方が引っくりかえる。白から黒へ。黒から白へ。
『ああ。俺と兄は見た目も含めて、そっくりだった』
「俺と兄は双子か?」
『そうだ。俺と兄は双子だった』
物語の輪郭がおぼろげに浮かび上がる。双子の兄を憎んでいた俺。母と出かけた場所で飛び降り自殺をした俺。死んで兄への報復を果たした俺。
そういえば、なぜ俺は母親と出かけた場所で飛び降りたんだ? 兄に報復するなら、兄の前で飛び降りた方が効果的だろうに。もしかして、そうしたくてもできなかった?
「俺が飛び降りて死んだとき、兄の近くに行くことはできなかった?」
『ああ。兄の近くには誰も行くことができなかった』
不意に、体が地面に引きずり込まれるような錯覚に襲われる。鼻の奥では消毒薬の匂いがした。
「俺が死ねば、兄も死ぬのか?」声が震える。
『そうだ。俺が死ねば、兄が助かる確率はゼロに等しくなる』
アラームが重苦しい空気の中で唸った。タイムアップ一分前。目を閉じて、大きく深呼吸をする。今は目の前の問題に集中しろ。
「最後の質問だ。俺と兄の血液型はまったく同じか?」
『同じだ』
ユウイチは天を仰ぎ、右手で長い前髪をかき上げた。唇に冷笑とも違う奇妙な笑みが張りつく。俺は言葉を選んで、この第二ゲームを終えるための答えを告げた。
「俺が飛び降り自殺をして満足したのは、今すぐ輸血の必要がある兄に、血液を提供できるのは自分だけだと知っていたからだ。おそらく俺と兄の血液型は、ボンベイ・ブラッドのような特殊な型だったんだろう。だから母は、一卵性双生児で血液型もまったく同じ弟の俺を呼びに来た」
ユウイチはなにも答えない。俺の方を一瞥することもない。
「俺がなぜ両親や兄を憎んでいるのかはわからない。でも、俺は母親と訪れた病院で兄の状態を確認すると、それが致命的な一撃になると確信して飛び降りた。報復を果たすために。それが答えだ」
画面の片隅に表示されていたタイマーが停止した。
結局、ユウイチはひとことも返さないまま、モニタの前から立ち去った。代わりにパペットマスターが俺と観客に正解を告げ、やがて俺を四階に進むように促した。
『それでは、最後のゲームを始めましょう』
南東の踊り場からそのまま四階に上がると、手に持ったスマホがブルッと震えた。淡く光を発する画面には、三〇分を示す数字が浮かび上がり、すぐに一秒ずつ減っていく。どうやらこれまでのゲームと違って、パペットマスターのアナウンスもユウイチによるルール説明もないらしい。
俺は廊下の壁に背中をつけ、ふうっと息をついた。澱んだ疲労感が足元に絡みつく。それなのに、ここから最短距離で部室へとつながる校舎南側の廊下は机を重ねたバリケードで塞がれていた。ようするに南東から校舎の北側をぐるっと回って南西に行け、というわけだ。
「……ん?」