10-1.『では、ゲームの続きを始めよう』
『では、ゲームの続きを始めよう』
ユウイチは無表情な声で言う。スマホのバックライトが暗闇に覆われ始めた踊り場を照らす。
踊り場に残された蒸し暑さが俺の肌にまとわりついて、べたつく汗に変わった。ユウイチはモニタの向こう側から、じっと俺の顔を見つめる。
『わかっているとは思うが、ここからは一対一の勝負だ。そのうえ、きみにはもう後がない』
実験動物を見る冷めた目。俺は返事の代わりにスマホに向かってペンを一回はじく。怒りがふつふつと血管を巡り、鼓動を速くした。
ユウイチがタブレットをタッチした。俺の手の中のスマホが小刻みに震える。
問六
母が再婚して、俺に兄ができた。兄と俺は、性格や考え方、服の趣味や食べ物の好みなど、ありとあらゆるところが驚くほど似ていた。でも俺は、ふたりの親も兄も心の底から憎んでいた。
飛び出すように家を出た数年後、母が俺のところにやって来た。母の話を聞いた俺は、母とともに出かけ、その場で飛び降りて死んだ。俺は満足だった。なぜだろうか?
息を整えて、思考の海に飛び込む。『自由な発想で質問を考えろ』『答えとなる物語を探せ』トシの言葉が耳の中に蘇った。唾を飲み下して、言葉を吐き出す。
「これは現実でも起きえる話か?」
『起きえる。決してオカルトやSFのたぐいではない』
「俺は死ぬつもりで飛び降りたのか?」
『そうだ。俺は死ぬつもりだった。そのために飛び降りという方法を選んだ』
そうなると俺は飛び降り自殺をして満足したことになる。いったい、なにに満足したんだ?
「俺が死んだのは、なにか罪の意識に苛まれてのことか?」
『ちがう。俺は罪の意識など感じてはいない』
「俺の自殺に関係のある人物は、両親と兄の他にいるのか?」
『いない。これは、あくまでも俺と兄と両親の問題だ』
俺は両親も兄も憎んでいた。それなのに自殺をして満足する―つまり。
「俺が死んだのは、母に報復するためか?」
『ちがう。母への報復でもあるが、それは俺の本当の目的ではない』
「では俺が死んだのは、兄に報復するためか?」
『そうだ。兄への報復は重要な理由だ』
ふうっと息をついた。
まず、ここまでにわかったことは、俺は兄に報復するために自殺をした、ということだ。
逆にわからないのは、俺が死ぬことがどうして報復になるのか、ということだ。
「俺が死ぬと体内の小型爆弾が爆発し、半径五〇〇メートル以内の建物がすべて吹き飛ぶとか?」
『ちがう。最初にも話したように、そこまで荒唐無稽な話ではない』
だろうな。意識を切り替えるために、わざと極端な話をしてみただけさ。
「俺が死ぬことで、兄に罪をかぶせることはできるか?」
『できない。自殺する直前まで母と一緒だった俺に、そんな工作をする時間はなかった』
「俺が遺言を残さずに死んでしまうと、兄に両親の遺産が一部渡らないとか?」
『残念ながら、そんな話はどこにもない』
そう言ってユウイチはタブレットに指を走らせた。スマホの画面が時計の大映しに切り替わる。
タイムアップまでに残された時間は四分一二秒……。その数字に重なるように、突然、通知欄が表示され、メッセージを受信した。送信者を見た俺は、続けての振動でスマホを落としそうになる。
メッセージを送信したのは、トシだった。
あわててメッセンジャーを立ち上げる。トシが送った大量のファイルが言葉をかみしめるように、ゆっくりと届く。ジュンペーが撮った写真。ヒロムが気づいたこと。トシが記録していたこと。水平思考問題を解くためのコツ。
一番、大きなファイルは、部室で撮った全員の集合写真だった。
こんなデカいものを送るから、今頃になって届くんだよ。
トシに全力でつっこんでやりたかった。