9-1.北東の階段から三階へ上がる。
北東の階段から三階へ上がる。途中で見たスマホの時計は午後五時八分となっていた。夏の午後の日射しはまだ高く、周囲にさえぎる建物もないので、窓からの光が廊下に強い影を作り出していた。
「見た限り、特におかしなところはないみてえだな」
ヒロムが北西に続く廊下、南東に続く廊下と順番に見回した。
「中継カメラの数も二階に比べれば少ないのだよ。どうしてなのかね」
単眼鏡を片手に持ったトシが自分のノートPC上のカメラ情報を更新する。
「三階だしな。窓から逃げられる恐れがなくなったから、ってのはどうだ?」
「高さにして六メートル強。ヒロムなら飛び降りられるんじゃないのかね。あとで試してみたまえ」
ヒロムとトシの会話はあいかわらずだった。でも、それをやんわりと止めるジュンペーはいない。
「次のゲームを中継するのに必要ないから、じゃないかな」
俺にジュンペーの代わりはできない。だから俺なりのつっこみでふたりの会話を巻き取った。
「前のゲームはすごろくみたいなものだから中継のカメラもそれなりに必要だった。でも次のゲームでは、あんなふうに校舎全体は使わない。だからカメラも必要じゃない」
「じゃあ次はどんなゲームになんだよ?」「……それがわかれば苦労はしないよ」「イチが困っているのだよ。まったくもってヒロムの単細胞さにはあきれるばかりなのだ」「なんだと、こら?」
俺たちはそのまま三人でのかけ合いを続けた。作戦とは呼べない、ただの雑談。そうやって普段どおりに見える会話をしながら、ジュンペーがいなくなったという事実を飲み込もうとしていた。
もちろん簡単に飲み込めるなんて思っちゃいない。
なによりも電子的に歪む声が、俺たちにゆっくりと飲み込む時間を与えてはくれない。
『では、これより第二ゲームのルール説明をチーム〈ジェミニィ〉さんに行っていただきます』
パペットマスターの声に併せてスマホに通知が届き、画面が自動的に明るくなる。
画面の中には、さっきまでと同じポーズで俺たちを観察するユウイチがいた。
『第二ゲームは全六問のクイズだ。ひとつの問題に解答できるのはひとりだけ。どの問題を誰が答えるのかはチーム内で決めていい。二問正解した人は、その時点で次のゲームに進むことができる』
ユウイチはくくっと笑った。
『わかったと思うが、全員で次のゲームに進みたければ全問正解することだ』
そんなつもりなんかないくせに。俺はスマホを左手に持ったまま右手をカバンに突っ込み、愛用のペンを取り出して回し始めた。
『チーム〈キセキの世代〉のみなさんには、現在いる北東の踊り場からスタートして、北西、南西、南東の順に踊り場を回ってもらう。たとえるならCの字のようなかたちだ』
「……クイズを出すのにわざわざ校内を移動させるのはなぜなのだよ?」
トシがつぶやいた。たしかにクイズをするだけなら、この階にある教室でまとめてやればいい。
『それぞれの踊り場では二問ずつ問題を出す。制限時間は二問で一〇分。踊り場にあるすべての問題を解き終えるか、制限時間になった時点で次の踊り場に進んでもらう。カウントダウンは、僕がスタートといった瞬間から始まるから、せいぜい早く問題にたどりついてくれたまえ』
ついでに体力勝負もするってことか。それにしては条件が中途半端にゆるい。
『先に二問正解した方は、その時点から以降のクイズには相談も含めて参加できない。同時にみなさんが一問誤るたびに、一名の方にその場でご退場いただく』
ユウイチは話を区切ると、なめ回すように顔を左右に動かした。おわかりいただけましたか、みなさま。そんな声が聞こえてきそうなしぐさだった。
「ルール説明はそれだけか?」
自分が思っていたよりも冷たくて低い声が喉からこぼれた。
「ならゲームを始める前に五分だけ時間をくれ。おまえもどうせなら公平な勝負がしたいだろ?」
ユウイチの左眉がぴくんと持ち上がる。
『それは、このままゲームを始めることは公平ではない、ということかい?』
「……どう考えても公平じゃないだろ。こっちは問題の中身さえわからないんだ。おまえがその気なら五分で解けない難問を山積みにして俺たちを追い込むことだってできるじゃないか」