5-4.これほど大きな病院に来るのは初めてだった。
これほど大きな病院に来るのは初めてだった。エレベーターを五階で降りて、ナースセンターに声をかける。看護師さんが、清潔というよりはひどく殺風景な建物を案内してくれた。
搬送された少年のいる集中治療室には、見舞客のために前室的な部屋があるらしい。一般病棟との区画を分ける扉をくぐると、さらに室温が一度ぐらい下がった。
「扉のところに誰かいるな」薄暗さに慣れていないのか、眼をぐっと細めながら、ヒロムが言った。
前室の扉の前に立っていた影は、俺たちに向かって手をあげると、ゆっくりと近づいてきた。
「あんたたち、こんなところにどうやって?」
「シイナ先生こそ、どうして、ここにいるんですか?」
俺たちの目の前にいるのは、私服で構わない日でも白衣を着る、いつものシイナ先生だった。そして俺たちは、前室に入るまでもなく、すべてを理解する。
「昨日の転落事故。マンションから落ちたのは……ユウシだったんですね」
「ああ、そうだ」
先生は俺たちに前室に入るよう、あごでうながす。俺たちは、手を消毒してマスクをつけると、ギクシャクした動きで扉を開けた。目の前の壁に、まるで水族館の水槽みたいなガラスがはまっている。ユウシは水槽の中にあるベッドに横たわっていた。頭にぴっちりと巻かれた包帯。鼻と口にあてがわれた酸素マスク。細い管や配線がベッドのあちこちから出て、ユウシを取り囲む機械に接続されているのが見える。
「今はまだ、ここから先は入れないそうだ」と後ろからシイナ先生が教えてくれた。
病院に入ってから、ずっと黙っていたヒロムが重い口を開く。
「先生、それでユウシの状態は、どんな感じなんすか?」
「幸いなことに脳死ではないらしい。ただ、意識は戻っていない。いわゆる植物状態だ」
どこが幸いなんだろう。これから先、ユウシはずっとこのままかもしれないのに。
「僕たちに、なにかできることはないのです?」
「気休めにしかならないかもしれないが、やつが戻ってくるのを祈って待つことだ」
「自分、じっと待つのは苦手なのですよ」とユウシを見つめたまま、トシが言う。「先生。どうしてユウシがこんな事故にあったのか、なにか聞いているのではないですか?」
「いや、なにも。むしろ、おまえたちのほうが心当たりはあるんじゃないか?」
アルミリークスのことが頭をよぎった。ユウシは、自分の兄貴が裏ミッションに関わっているんじゃないか、と疑っていた。ユウシのことだ。そんな疑問を放置はしないだろう。つまり――
「俺は、この事故が、事故ではなかったんじゃないかと疑っています」
「どういう意味だ、イチ」途端に先生の目が険しくなった。
「ユウシは誤って落ちたんじゃなくて、誰かに突き落とされたんじゃないかと思うんです。先生が知っているかどうかはわかりませんが、アルミには裏―」
次の瞬間、先生は左手で俺の胸ぐらをつかみ、同時に右手で俺の口をふさいだ。
「ユウシがいきなり事故にあって、不安になっているお母さんの前で、うかつなことを言うな」
先生の視線の先、俺とユウシを隔てるガラスの向こうに、イスに座って小さく固まっている女性がいた。先生は、ぐいっと俺を自分の方に引き寄せると、俺の耳元でささやいた。