9-7.俺は、ばらばらに浮かぶ泡みたいな疑問を混ぜ合わせるように、ペンを回し続ける。
俺は、ばらばらに浮かぶ泡みたいな疑問を混ぜ合わせるように、ペンを回し続ける。
ユウシの言葉をふと思い出した。問題を解くコツは意識して視点を切り替えること。意識しなければ、自分が森を見ているのか、木を見ているのか、葉を見ているのか、わからなくなる。
今、俺が見ているものが森だとしたら、もう一段階、細かく。
今、俺が見ているものが葉だとしたら、もう一段階、粗く。
「……試験の目的は、問題に取り組むこと」
かき混ぜて、なおも浮かんできたなにかをつぶやいてみる。
「学業でなければいけない理由。知見でなければいけない理由」
ようやく意見のほころびが見えてきた。
まず学業というのは、勉強すること、学校での勉強、という意味だ。では、そこに進学塾みたいな学校ではない場所で得た解答テクニックを持ち込むのはいいのか?
仮に解答テクニックの持ち込みが問題ないとしたら、スマホを持ち込むことと、どう区別をするのか? 学力イコール記憶力というのは、さすがに古い考えだろう。
それに知見というのは、実際に見て知った知識という意味だ。普段からスマホを使いこなして、必要なときに必要な情報を引き出せる能力は、充分に知識ではないのか? もし、それを技術だというのならば、なぜ解答テクニックは許されるのか?
俺は思いついたものを片っ端からメモ帳に書き殴った。
論破する意見は、あとひとつ。
「イチっ!」
誰かが俺の腕を引っぱった。ヒロムだ。手に持ったスマホを指さして、なにか言っている。
ヒロムが動かしたぬるい風を感じながら、俺の意識はゆっくりと現実に戻る。
「……え? あ、な、なに?」
「二分経ったんだよ。ボケてんじゃねえ」
先にトシと考えを共有してくれていたヒロムが、てっとりばやく要点を説明してくれる。ひとつめの反論は、だいたい俺と同じ。「鉛筆だって転がせば音が出るぜ。音がジャマだってのなら、これからは個室で試験だな」と、ヒロムはざっくりまとめた。
ふたつめの反論は、俺の考えをトシがうまく整理してくれた。それをヒロムにいわせれば「試験が記憶力を確かめる場じゃないってのなら、スマホを使いこなす能力だって評価対象だろ」とか「学校で学んだことだけにこだわるんなら、スマホだけじゃなく塾も禁止だな」となる。
「単細胞が単純化するのは構わないが、ディテールが雑になるのだよ」
トシは大きくため息をついた。
でも、そんなことよりも問題なのは、三つめの反論だった。
「こちらは無駄がなさすぎて、つっこむ箇所がないのだよ」
「試験は公正でなくてもいい。公正なのは試験だけではない。どっちもどっちだな」
俺が考えるまでもなく、トシとヒロムがまずぶち当たる壁を教えてくれた。
「でもさ。そもそも試験は一定の基準を判別するためのものだろ?」
俺は頭に浮かんだ言葉を選びながらはき出す。
「だから公正でなければ試験自体が成立しない。なんでもありは試しじゃなくて実戦だよ」
ヒロムは腕組みをすると、真剣な目つきで俺の口元を見つめる。
「スマホを試験に持ち込めば公正でなくなる。公正でなくなれば試験ではない。だから試験にスマホを持ち込むことを禁止する。これが向こうの意見だ。だけど」
どこかに穴があるはずだ。
俺たちとユウイチを結ぶ奇妙な信頼は、そこでだけつながっている。
「スマホを持ち込んでも公正だと言えるなら話は違ってくる」
「ふむ。試験中は電卓アプリを立ち上げない、のようにルールで縛るのかね?」
トシがスマホの時計をちらっと見た。
そういう考え方はある。ただ、それで観客が納得するような理由になるだろうか。