9-8.『タイムアップまで、あと一分』
『タイムアップまで、あと一分』
ユウイチの声がスマホから流れて消えた。
「アプリで縛る。機種で縛る。教科で縛る。時間で縛る……」
トシは、ユウイチの声に動じることもなく、淡々と縛るべきルールを挙げ続ける。
だが、やはりルールで公正を保つ意見は末端の葉だ。相手の意見を土台から引っくりかえす森にはならない。核心を突くには、絶対的ななにかが足りない。
俺も懸命に頭を働かせてはみたけれど、なにを当てはめても答案用紙の大問に空白が残る感覚は打ち消せなかった。このまま、部分点狙いのやり方でいくしかないんだろうか。
思わず、自分のつま先を見つめた。
いつもの試験だったら部分点狙いでも充分だろう。でも、これはゲームなんだ。
目をつぶると、床に崩れ落ちたジュンペーの姿が浮かんだ。
このまま解答したとしても観客の評価は良くて五分五分。悪ければ、俺たちは負ける。
俺は頭を振って最悪の考えを払いのけようとした。
『あと三〇秒。タイムアップまでに答えなければ、その時点でミスとなることは覚えているよね?』
ユウイチの無駄に親切なアドバイス。そんなことは言われなくてもわかってる。
俺の鼓動が速まる。
長く息を吐き出す。
「俺が答――」
そこで挙げかけた俺の右手は固まった。
「答えるのは俺だ。おまえは黙ってろ」
顔を上げると、ヒロムが俺を見て笑っていた。
「ヒロム。おまえ、わかってるのか?」
言わずにはいられなかった。
「このまま答えても、俺たちが勝てる可能性はほとんど……」
「んなもんは、おまえやトシの様子を見てりゃわかるよ。で、おまえは負けるつもりなのかよ?」
ヒロムは目を細めて、俺の顔を上から下に薄く削ぐ。もちろん負けたくはない。でも、これ以上、仲間が傷つくのを見たくもない。それなら自分がリスクを取って、一か八かの勝負を挑む方がいい。
「痛っ!」いきなりデコピンを喰らって俺は額を押さえる。「なにすんだよ!」
「小難しいことをごちゃごちゃ考えてそうだったからな。とりあえずだ」
ヒロムの理屈は、こんなときでも手が先だった。
「なあ、トシ。おまえなら、どうやってユウイチに一発喰らわせる?」
「……なにを今さら。わかっているではないか」
「だよな」「ああ」
ふたりは顔を見合わせて笑う。なんだよ。いったい、なにがわかってるんだよ?
「俺たちでユウイチに一発喰らわせる。それだけの話だ。おっと」
さらに質問を投げかけようとした俺を、ヒロムは手で制する。はき出されるはずだった言葉が、ゆっくりと喉を逆戻りして腹の底に沈む。
「時間だ。おまえほど頭は回らねえけど、ここは俺のやり方でやらせてもらう」
ヒロムはまっすぐな目で俺を見ると、拳で俺の肩を小突いた。
「待たせたな、ユウイチ。答え合わせといこうぜ」
『いいだろう。では、きみの意見を聞こう。話してくれたまえ』
それから、俺とトシは息を殺して、じっとヒロムとユウイチのやり取りを見守った。
ヒロムはさっきまでと同じ意見を二回吠え、そのたびに沈黙が廊下を支配した。観客の反応は音ではわからない。静かに増えていく「たしかに」と「違うな」の表示がすべてだった。
ヒロムは二回、ガッツポーズをしたけれど、三回目のガッツポーズはできなかった。恐れていたとおり、部分点を重ねるかたちでは観客が納得しなかったのだ。俺たちの負けだった。