パリはまだ燃えている 〜ロシア人ジャーナリストは消された〜
パリ五輪は閉会したが、明日(日本時間8月29日午前3時に開会式)からパリパラリンピックが始まる。オリンピック休戦期間はパラリンピック閉会7日後までであるから、休戦の実現をまだ諦めてはならない。呼びかける声を消してはいけない。
バッハ国際オリンピック委員会(IOC)会長は閉会式で「戦争や紛争で分断された国同士であっても互いを尊重し、平和の文化をつくった。世界中の何十億もの人々は心を動かされた」オリンピックは平和と作り出すことはできないが、平和が何であるかをデモンストレーションしプレゼンテーションできると語ったのである。
もしそうであり、そうしたいのなら、絶対に実践しなければならないことがある。それはスポーツの判断に政治を持ち込まないこと。自律のために政治権力と闘うことだ。果たしてパリ五輪にそれがあっただろうか?
ロシアを排除するだけでは政治と同じ行動を起こしているだけだ。
AFP が伝えるところによれば、パラリンピックを取材する予定であったロシア通信社RIAノーボスチの記者が安全上の理由から認定申請を拒否された。今週金曜日8月23日にフランス外務省が発表したこの決定は、大会の認定を求めるすべての人に課せられる行政検証手続きに従うもので、外務省のクリストフ・ルモワンヌ報道官は、「2024年パリ大会の一環として認定を申請する者は誰でも、行政上の安全調査の対象となる」とした。
オリンピックでも同様の決定が下され、当初はロシアの記者4人が認められ、7月26日(金)にセーヌ川で行われた開会式と最初の競技を取材することができたが、7月28日に認定が取り消された。タス通信が伝えている。
オリンピックでもパラリンピックでも同じような事態が起きているが、これにはオリンピック独特のメディアの資格認定システムが絡んでいる。一旦認められたものが、突然に非承認となった経緯を紐解こう。
オリンピックの資格認定は本来、国際オリンピック委員会(IOC)に全権がある。その権利を五輪実行段階で組織委(パリではCOJO)に譲渡する。COJOはオリンピック憲章ならびに関連規定に則り資格認定手続きを進める。
メディアエントリーは各国の国内オリンピック委員会に配分された枠内で各国がそれぞれのやり方で管理して、COJOに申請する。写しはIOCにも送られる。COJOの認可が降りれば、資格認定カード(ADカード)の発行に至る。これが通常の在り方である。
しかし今回は2022年オリンピック休戦を破ったロシアからの選手参加は国を代表する形では認められておらず、メディアの申請は直接、通信社からCOJOに行われた。その上、厳重なセキュリティを遂行するべき最終段階でオリンピックならびにパラリンピック領域内に入る全ての人間に対して、フランス当局のチェックが入る形となった。ロシアとウクライナの戦争、イスラエルとハマスの紛争などの世界情勢、イスラム教徒のテロリズム実行の可能性が高く、世界一セキュリティ政策が進んでいる国フランスの威厳をかけた対応であった。
そのため、一旦通常の五輪手続きで認められた資格認定(これがスポーツの絶対値である)が大会開始直後(オリンピック)と直前(パラリンピック)で最上のセキュリティレベル操作(これがフランス政府の絶対値)で覆されたというわけである。
ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官はこの決定を厳しく批判し、エマニュエル・マクロン大統領が表現の自由の基本原則から「その意味を空にしている」と非難していたということだが、これも政治思考からの反論であるのでオリンピズムからは意味がない。
フランス当局のセキュリティチェックの内容をチェックすることはできないが、オリンピズムから言えば、オリンピックの権限が認めたものをひっくり返すというのは、よほどの覚悟を持ってしてもらいたいことだ。なぜならオリンピックというのはスポーツが絶対的権威となるべき特殊時空であるからだ。
パリオリンピックにはロシア人アスリートが中立の選手(AIN)の立場で15名参加し、パラリンピックには90人が参加するという。であるならば、彼らの活躍がロシアで報じられることは不可避的に重要ではないか。なぜならその報道によってロシアの人々はパリオリンピックとパラリンピックの選手たちが繰り広げる友好な闘いを共有できるからだ。
その可能性を政治思考で閉じてしまうことにIOCあるいはCOJOは異議申し立てをしなかった。
政治思考はロシア人であるということがそのセキュリティを判断する絶対軸になるが、スポーツ思考はスポーツを軸としてその人を判断するのである。その人がスポーツの報道をしている限り、排除の対象にはなり得ない。スポーツ思考軸というこの装置を使わないといつまで経っても争いを終える手立てがない。
実はパリオリパラのボランティアでも同じことが起きていた。ボランティアに応募していた78歳のロシア人の女性が、申請が通り大喜び。フランス語も学び、COJOの提供するボランティア研修も始めた。ビザも取り、航空券も予約し、その時に備えていた。するとある日突然「セキュリティが通らず、ボランティア参加が取り消された」との通知が来た。彼女はこれまで何度も五輪ボランティアに参加してきたオリンピックファンである。年齢から今回を最後と思っていた。それを知った同じくボランティアに応募していたロシア人の若者が意を決して、マクロンに手紙を書いた。彼らにとっては長いウェイティングの後、結果、再審査が行われると通知が届いた。
彼女がその後どうなったかは不明だったが、最近になって知人の日本人ボランティアから「自分が働いていたところにロシアの人がいました」と聞いて私はマクロンも捨てたものではないなと思ったりしたものだ。実際、ロシアとウクライナのボランティが一緒に仲良く五輪のために働いていたら、プーチンもゼレンスキーも少しは平和を考えるだろう。
大佛次郎の「パリ燃ゆ」は1851年のナポレオン三世のクーデターから1870年普仏戦争までを綴った大作だが、普仏戦争でフランス政府は徹底抗戦を煽りながらその裏で停戦を模索していたことも描かれている。共産主義、社会主義、無政府主義者を恐れていたのだ。
ロシア人ジャーナリストをパリ五輪からもパリパラリンピックからも突然「消した」フランス政府。表向きは右往左往してみせるが、その本質は当時と変わっていないのだろう。パリはまだ燃えているのだ。
ロシア人ジャーナリストを排除することでオリンピックコミューンをフランスは燃やしたのだ。
(敬称略)
2024年8月28日
明日香 羊
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編集好奇
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オリンピック選手団の荷物にはオリンピックIDシールが貼られる。通関フリーである。日本オリンピック委員会の責任で認証した荷物を組織委が保証し、当該政府が通常の煩雑な通関手続きを超える扱いをする。私は1988年のソウルオリンピックで、日本代表選手団帰国時に医療物品ホットパックの巨大荷物にシールが付いているにも関わらず、「開けろ!」と強行に迫る税関職員と大立ち回りを演じた。オリンピック選手団の特別扱いを絶対に認めようとしない税関に対して。
金浦空港は騒然となった。私は方々からやってきた大勢の税関職員たちに囲まれながら一人大奮闘。騒ぎを聞きつけた日本大使館館員たちも駆けつけてきてさらに大騒ぎ。私は一歩も引かなかった。最後にはプライドを傷つけられ、ひくに引けない税関職員のために小さな穴を荷物の梱包に開けてやったが。ホットパックの梱包に医療スタッフは徹夜だったのだ。それを解いて見せろという「常識」に私は対抗したのである。書記官からは「春日さんもう勘弁してくださいね」と言われた。以来、彼は私の大親友となった。大使にもなったが。
「2024パリ大会 徹底、実践五輪批判」日刊ゲンダイ連載が今週木曜日発売号で最終回を迎えます。バッハなきあとの五輪運動はどうなるのか?ご覧いただければ幸いです。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/columns/4728/495
開会式について五輪アナリスト春日良一が分析。Forbes Japanをご覧ください。
https://forbesjapan.com/articles/detail/72709
YouTube Channel「春日良一の哲学するスポーツ」は下記から
https://www.youtube.com/@user-jx6qo6zm9f
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