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世界平和構築へのNOCの役割 その2〜国連総会でのバッハIOC会長スピーチから〜

今月初旬、国連総会は、「持続可能な開発の促進者としてのスポーツ」と題した決議を193の全加盟国のコンセンサスで採択し、スポーツが持続可能な開発に果たす役割を重要とする決意を表明した。

決議A/79/L.10である。オリンピックとパラリンピックが差別のない平和的な競技を通じて世界を一つにするという「共になる」使命を支えるものだ。

国際オリンピック委員会(IOC)トーマス・バッハ会長はこれを受けて11月12日国連総会で演説した。来年に任期を終えるバッハにとって恐らく国連での演説はこれが最後となるだろう。彼のメッセージに私は注目していた。

「この決議が全会一致で採択されたことに対し、心からの感謝を申し上げます。スポーツが私たちを一つにする力を持っていることを改めて示していただきました。また、スポーツの友人グループとすべての加盟国に対し、IOCの自律性と政治的中立性を再認識していただいたことに特に感謝いたします。私たちは、この自律性を活用する責任を持ち、国連と共有する価値観である普遍性、平等、非差別、法の支配、連帯、そして何よりも平和を推進していきます。アントニオ・グテーレス事務総長がされた報告は我々を強く支援してくれました。『オリンピック精神は現代世界において最も重要な平和の象徴です』と」

国連がスポーツに期待せざるを得ない今日の状況が切迫していることをバッハはグテーレスに感謝する形で浮き彫りにした。

IOC会長はまた、「オリンピック競技大会では、出自や国籍に関係なく、すべての人が平等です。そこには『グローバルサウス』も『グローバルノース』も存在しません。ただ一つのグローバルビレッジ――オリンピックビレッジだけが存在します。オリンピック憲章の規則を尊重するすべての人がオリンピック競技大会に歓迎されます」と述べた。

世界が政治を超えてスポーツでまとまる理想郷を提示したが、実はこれはオリンピック村(日本語ではなぜか選手村)で実現していることである。

そして、バッハはIOCがロシアオリンピック委員会に対して制裁を課したことを差別であるとか、スポーツの政治化だと言う非難に対して、その誤った主張を質した。

「ロシアオリンピック委員会がウクライナオリンピック委員会の管轄地域におけるスポーツ組織を併合したため、私たちは彼らを停止せざるを得ませんでした。この領土保全の侵害は、オリンピック憲章への重大な違反であり、国連憲章に対しても同様です。

それにもかかわらず、IOCはロシアのアスリートが中立的な地位でパリ大会に参加する特権を与えました。つまり、停止された国内オリンピック委員会やその象徴に言及しない形での参加を許可したのです。」

そして「スポーツは平和を創出することはできません」とはっきり言った。
これは私の敬愛した国際卓球連盟会長だった荻村伊智朗、ミスター卓球、スポーツ外交の師も常に言っていたことだ。スポーツは政治の千分の一の力しかないと。しかし、続けていうのだった。それでもスポーツは平和を作る場を提供できると。

バッハも同様だった。
「平和を創出できるのは、皆さん、政治指導者だけです。ですから、アスリートたちのこの訴えに耳を傾けてください―平和にチャンスを与えてください」と言う他はなかった。パリ五輪選手村で選手と共に掲げた「Give Peace A Chance!」である。

しかしここからが違った。一歩先に踏み出した。

バッハは、国連加盟国に対して、国連とIOCとの成功した国際協力モデルを各国レベルで再現するように求めたのだ。私がバッハに献本した小論「オリンピック休戦へのNOCの役割」が滲んだ言葉が聞こえた。

「自国の国内オリンピック委員会と連携し、スポーツを開発計画の中核に据えてください。これにより、共通の目標を達成するためのウィンウィンの状況を作り出せます」

オリンピック休戦実現のための具体的原動力となるのは、実際に戦争を起こしている政府に対して、その国のオリンピック委員会がいかなる態度で臨むか、その覚悟にかかっている。これまで休戦が実現できなかったのは、この国内オリンピック委員会(NOC)がその強い意志を表明してこなかったことにある。方法論は提示されているが、それを実践する意志を発動しなかったことだ。そこを追求するために政府の政策の中核にスポーツを置く必要がある。

オリンピック休戦実現にはNOCの役割が鍵となる。

バッハはまた、人工知能(AI)のグローバル規制を求めた。「人間の尊厳を守り、公平な進歩を確保するために、このようなグローバルなAI規制の作成で国連が主導的な役割を果たすことをお願いしたい」としつつ、IOCが今年4月に発表したオリンピックAIアジェンダを通じて、スポーツにおけるAIの利点を活用する責任を履行していることを伝えた。

AIを戦争のためでなく、平和利用するための鍵もスポーツが握っている。

これまでIOCはNOCの自律を尊重すべくNOCの政治へのベクトルについて静観しつつ、五輪憲章軸でのコントロールをしてきた。しかし、五輪休戦実現のためにはNOCのポリティクスがどうしても必要になる。

「この10年間のパートナーシップと友情に感謝します。国連とIOCが共有する価値観を信じて共に歩んできたこの旅を共有できたことは名誉でした。謙虚な気持ちでお願い申し上げますが、どうか私の後任者にも同じパートナーシップの精神を提供し、スポーツを通じて世界をより良い場所にするために共に力を合わせてください」

バッハは国連総会でのIOC会長としての最後の演説をそう締め括った。

後継者にはNOCの使命を理解している人材が期待される。

(敬称略)
 
2024年11月17日
 
明日香 羊
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編集好奇
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世界平和構築のためのNOCの使命の第二弾です。バッハ会長の国連総会最後の演説は心に響くものでした。しかし五輪音痴大国ニッポンでは1行も報道されていません。

「2024パリ大会 徹底、実践五輪批判」日刊ゲンダイ連載、全18話公開中です。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/columns/4728/495

Forbes Japanで開会式について五輪アナリスト春日良一が分析。詩的スポーツ思考。
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春日良一
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