オリンピック選手村のこと〜そこは本来聖苑であった〜
パリ五輪最終日に行われた日本代表選手団の総括会見を見ていると今回の選手団の雰囲気がほのかに伝わってきて面白かった。私が選手団本部で頑張っていた頃からもう30年も経っているので、何をか言わんやと思われるだろうが、あの独特の雰囲気はおそらく1932年のロサンゼルス五輪からも変わっていないのではないか?
バッハ国際オリンピック委員会(IOC)会長が再三強調するように選手村はオリンピック理念の肝である。世界から集まった選手たちが共に暮らし、交流を深め、友好を分ち、人類のハーモニーを象徴する場所であるのだ。
その根本は古代オリンピアの聖苑(ALTIS)。修祓され純化され試合に出ることが決まった競技者だけが入ることのできるいわゆる至聖所である。
選手村はOlympic Villageの訳である。オリンピックの村にはオリンピック選手しか入れない。それでは困るのでサポートする役員も入れるようにする。選手の数に比した基準で入れる役員の数は決まる。選ばれた者が住める特別な空間。
選手村はそれまで誰も住んだことのない聖域であるから、さまざまな不具合が起きることもしばしばである。今回は冷房設備がないことがメディアで大騒ぎなったが、その話を聞いて東京2020では「テレビがない」とロシアからの記者がロシアからの選手の代弁をして詰問し、組織委会長の橋本聖子がしどろもどろだったのを思い出した。
いずれも各国選手団と組織委の問題だが、冷房もテレビも参加する選手団が事前調査の段階で組織委と詰めるべき問題である。だいたい開村一年前に行われる選手村視察の段階で、選手団の渉外役であればそんな基本的なことは話し合うべきだ。後者はコロナ禍で一年前の視察はできなかっただろうが、少なくとも組織委が一室ずつテレビを付けることはないので、どうしても一室一台欲しいのなら、選手団として組織委に手配を頼まなければならない項目である。恐らく自腹で。前者に至ってはパリ五輪がそもそもクライメートポジティブを唱える大会であったのだから、それでも必要かどうか選手団本部として熟考するべきで、もし必要ならば組織委と真剣に交渉すべき事柄だろう。
今回、どの選手団も現地入り後に冷房を訴えたのだから、各国の渉外担当の力量不足を感じざるを得ない。
選手村の食事の悪評も聞こえてきたが、これもどんな大会でもあり得ることだ。が、発展途上国からやってきた選手たちにとっては地上の楽園である。24時間いつでもあそこに行けば飲食に出会えるのである。文句の多いのは経済的に恵まれた国からの選手団であろう。思い出すのは1988年カルガリー冬季五輪、選手村の食堂にはいつも東ドイツの選手たちがいた。その中にあのカタリナ・ビットもいた。世界一のスケーターは選手村の食事をいつも楽しんでいた。
選手村の食堂の「must」は、いつでも食べられること。そして選手村にいる誰でも食べれること。イスラム教徒でもユダヤ教徒でもヒンズー教徒でもビーガンでも。そこが一丁目一番地だ。
食事について日本選手団はとても贅沢で、日本サッカー代表のように専属シェフがいるのが当然のレベルから入るだろうが、これも競技によって捉え方が違うだろう。いずれにしろジャパンハウスに行けば日本食をいつでも食べられるようにフォローしている国の代表選手が選手村食堂に文句を言う必要はないだろう。
バッハやIOC理事たちが選手村食堂で試食するのを見るにつけ、そこまで食べるなら、彼らも選手村に泊まるべきだと思うところだ。そうすれば「ぼったくり男爵」だの「五輪貴族」だのの汚名を払い去ることができるだろう。
バッハなきあとのIOC新会長にはここだけは期待しよう。
選手村はオリンピック理念の棲家である。世界から集まって選手たちは宗教も政治もイデオロギーも経済もあらゆる垣根を超えてここで一緒に仲良く暮らしながら、自らの競技で最高のパフォーマンスを実現しようと努力するのである。
そのための環境を整えるのは組織委であるとともに、参加する選手団の責任でもあることを各国選手団渉外は肝に銘ずるべきだろう。
(敬称略)
2024年8月20日
明日香 羊
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編集好奇
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選手村の思い出、数々あれど、その一つ。1992年バルセロナ五輪、選手村を去る日の早朝、選手団退村のための徹夜の交渉ごとを終えて、ビーチに寝転がっていた。海を見ると朝日を見つめる女性の影。有森裕子だった。過ぎし日の栄光を噛み締めるようにゆったりと砂の上を歩いて行った。麗しかった。私は小さく「お疲れさん」と囁いた。
開会式について五輪アナリスト春日良一が分析しました。Forbes Japanをご覧ください。
https://forbesjapan.com/articles/detail/72709
「7.26パリ五輪開幕!徹底、実践五輪批判」が日刊ゲンダイで毎週木曜日に連載されています。オリンピックと平和について激論しております。ご高覧いただければ幸いです。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/columns/4728/495
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